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知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

ゲームのルールが明確になった後は?

渉外

アップル対サムスン事件知財高裁大合議判決評釈など

アップル対サムスン事件の知財高裁大合議判決は、それはもうあちこちで取り上げられていて、既にかなりお腹いっぱい感がある。1つ前のエントリにも書いたように、昨日届いたLaw & Technology 65号には、名古屋大学の鈴木將文先生の判例研究が載っていた(55頁)。この脚注に、主な評釈等が挙げられていたので引用しておく。

中でも田村先生のNBLの連載は大作。。そして、この鈴木先生の判例研究、これ以外の脚注もすごく充実していて、押えておきたい論文が多く挙げられている。英語のものも多いので、全部読むのは大変そうだけど読みたい〜。

飯塚佳都子「判批」Business Law Journal 77号42頁
「知財高裁詳報」Law & Technology 64号80頁
田村善之「FRAND宣言をなした特許権に基づく権利行使と権利濫用の成否(1)〜(4)」NBL1028号27頁、1029号95頁、1031号58頁、1032号34頁、1033号以下掲載予定
田村善之ほか「座談会 標準必須特許の戦略と展望(第1部)アップル対サムスン知財高裁判決を読み解く」NBL1028号9頁
前田健「判批」法学教室407号46頁

鈴木將文「FRAND宣言がなされた標準規格必須特許に基づく権利行使(知財高裁代合議判決)」(Law & Technology P55)より

さて、この鈴木先生の判例研究の中で、本判決等の意義として、

第一に、必須宣言特許に基づく差止請求権および損害賠償請求権の行使の制限について、FRAND宣言の趣旨を踏まえ、かなり明確な判断基準を提示していること、第二に、FRAND条件によるライセンス料相当額(以下、「FRANDライセンス料」という)について、具体的な算定を行っていること、第三に、権利者により部品が譲渡された場合の、完成品に係る特許権の消尽等について判断基準を示していること

とされている。そして、第一の点について、

知的財産高等裁判所の示した判断枠組みは、一般論として、FRAND宣言がなされている事実が認められる以上、差止請求およびFRANDライセンス料を超える損害賠償請求は権利濫用として許されないのが原則であるとするものである。(中略)これは、個別事案における交渉の状況に基づいて初めて権利濫用を認定した東京地方裁判所と異なり、FRAND宣言がなされている場合には原則として権利行使を制限し、個別事案における具体的事情はむしろ特段の事情の認定の中で考慮するものである。

さらに、規格利用者にとっての意義として、

必須宣言特許につき、FRANDライセンス料を支払う意思があれば、当該規格の利用について差止めやFRANDライセンス料を超える対価支払いの請求を受けないことになり、ホールド・アップを回避できる可能性が高いといえる。(中略)知的財産高等裁判所の判断枠組みは、定型的・画一的で、法的安定性・予測可能性があり、標準必須特許の利用を促進する観点から、一層望ましいと考える。

とされている。一方で、特許権者の観点からとして、

FRAND宣言に関する問題として、特許権者の権利行使の過度の制限により、特許権者が適正な(FRAND条件による)ライセンス料を得られなくなる、いわゆるリバース・ホールドアップの可能性が指摘されている5)。しかし、知的財産高等裁判所の枠組みでは、規格利用者がFRANDライセンス料も支払う意思を有する者であると認められなければ、差止めが可能とされることから、実際の交渉において、規格利用者側に誠実な交渉を一応期待できると思われる。

とされている。

「規格利用者にとって」と「特許権者にとって」の意義

「規格利用者にとって」と「特許権者にとって」の書かれ方のトーンが如実に物語っている気がしなくもないが、どう考えてもこの判決は、規格利用者の側に強く配慮したものになって(おり、その分特許権者にとっては不利益が感じられ)いると思う。

しばらく前に本判決の損害賠償算定について書いたエントリでも触れたように、この判決で算定された損害賠償額は相当低い。それって、自社技術の標準化を目指し、その中に自社の特許を必須として入れることを目指してきた企業にとってはどうなのだろう、と思うところが多かった。

NBLの1028-1029号の座談会

冒頭でも一部引用したNBLの1028号と1029号では、「標準必須特許の戦略と展望」と題する座談会が掲載されており、第一部(1028号)が「ップル対サムスン知財高裁判決を読み解く」、第二部(1029号)が「産業の発展のための標準化を目指して --知財方・独禁法の交錯」である。メンバーは、田村善之教授、鮫島正洋弁護士、日立製作所 飯田浩隆氏、第二部では池田毅弁護士が加わっている。

座談会という性質上、メンバーの方々の率直な感想も含めて語られており、非常に興味深く読んだ。その中でも、上記した点について何度か話題になっているので引用しつつ考えてみたい。

結局料率は?

まず、本件判決では、実際の算定部分は伏せられているのだけれど、なにしろモノがiPhone 4等という超有名な製品なので、推定の売上も公開されている。ということで、この推定売上約4千億円から試算すると、損害賠償額の924万円を料率に直すと0.0023%となるとのこと。

やっぱり安いよね、という印象が裏付けられたという感じがしたが、そうはいっても、ここでの特許は1件で、UTMS規格の必須特許は529件あり、さらに、iPhone 4はUTMS規格の技術だけでできあがっているわけではないから、UTMS規格の必須特許全体のライセンス料率が全体で1.2%と考えるとそんなに低いとも言えない、と。要するに、必須特許の数が多すぎる結果、ということになる。

これについては、FRAND宣言下のロイヤリティレートがこのレベルだとなると、利用者側としては事前にライセンス取得のインセンティブは落ちる、製品を売りまくってからでも「誠実に交渉を継続」しさえすれば問題ないとなってしまう、という危惧が示されている。

なにが「合理的」なのか、という問題

一方で、ここ2年ほどRANDを巡るRoyaltyが世界的にホットになってくる前は、スタッキングの問題は認識されつつ、それを回避するための仕組みとして標準化団体にFRANDが導入されつつも、なにがreasonableなのかは結局わからない、例えば特許権者にとっては研究開発投資に見合った合理的なRoyaltyと言われてしまうと反論が難しい、という状況があった。

ぶっちゃけていえば、技術開発投資を行って、自社に有利な形で標準規格を策定し、それに必須の特許を山ほど入れておけば、標準で市場が拡大して必須特許からのロイヤリティで儲けたり、その分価格競争力をつけたりすることができる、特許はたくさんあって確かに積み上げていくとロイヤリティ金額は嵩んで大変かもしれないが、だって特許はそもそもそういうモノだし(投資をしたモノに見合ったリターンが合理的)、それがいやなら自分で開発投資をして特許権者側に回ればいいじゃないの持ってるもの同士は相殺できるんだからね、という感じではなかったか。

この点は、座談会の第二部の終盤に池田弁護士から『これまで標準必須特許の侵害で訴えられると、差止で事業を失うとか、3倍賠償で大変なことになると危惧されてい』た、という発言があり、そうそう、そうだったよな、と思ったことだった。

標準規格が増えてきて、そして必須特許の宣言をする特許権者も増えてきた結果、いよいよ個々の特許に(その投資に見合った?)合理的なロイヤリティを認めていては、その分野の産業は到底発達しない=利用者が現れなくなってしまう、という危惧がなされるようになり、こうしたロイヤリティ上限とかを持ち出した判断が相次いでいる、ということなのだろう(ざっくり言えば)。

規格利用者にとっての問題は解消

これまで、規格利用者の側としては、プールがあればともかく(そのプールも複数乱立してたりして、プールのスタッキングロイヤリティという問題もあったりするんだが)、山のように宣言されている必須特許を前にいわばびくついていたわけだけれども、鈴木先生が述べられているように(上述)、予測可能な枠組が提示されたことで、また、座談会の中で飯田氏が発言されているように、

規格利用者の立場からすれば、FARND宣言下の特許については、利用者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思がある限り、差止請求は認められず、FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償が認められなくなったことから、ホールドアップ問題、累積ロイヤリティ問題はほぼ解消された

と言えるのだろう。

特許権者側は新たなステージに突入か

そして、特許を創出する企業の側としては、標準必須特許にする意味があるかどうかを吟味するステージに入った、ということになるだろう。

これまで、必須特許を持っている特許権者側は、パテントプールを作ってその普及をはかる、というのが成功モデルとされていたわけだけれど、ここ数年はプールの組成がうまく行かなずにぽしゃったり、逆に同じ標準規格について複数のプールが並び立ったり、プールのライセンス料も高すぎるとか言われたり、一部のライセンシーがロイヤリティをちゃんと払わない問題が出てきたり、とか問題が色々出てきていると理解している。

このあたりは、知的財産研究所の「パテントプールを巡る諸課題に関する調査研究」に詳しい。


必須特許宣言も吟味しないと意味がなくなる

現状、たとえばIEEEの802.11規格などでは、必須特許の持ち主は、Letter of Assuranceを出すことになっているが、そこでは『必須特許を持っています』宣言がなされるに過ぎず、その中で個別の特許番号が特定されるケースの方が稀である。

これまでは、必須特許は多ければ多いほどよい、くらいの位置づけだったし、そもそもこれではいったい必須特許がどれくらいの数存在するのかすらわからない(そして無線LAN分野ではパテントプールの組成がほとんど失敗していると言ってもよい状態なので、必須特許判定もごく一部に限られ、ほぼなされていないに等しい)。

これでは特許の価値判断なんて覚束ないわけだけれど、本判決が出て、判断の枠組が示された以上、こんな大量の特許を必須としてFRAND宣言していたのでは取り分は少なくなる一方だから、よく考えて宣言書を出すという行動に変わってくることが予想される。

必須特許とその周りにある競争力ある特許(周辺特許)

このあたりについて、座談会で池田弁護士が、

今後、論点になりそうなのは標準必須特許の周辺の特許、いわゆる商業必須特許など、いろいろな呼び方はありますけれども、とにかく規格の外縁に特許をできるだけ置いていき、そこはFRAND宣言していないのだと主張する。これに対してライセンシー側は、これらの特許も事実上ライセンスを受けないといけなくなるのだから、それはFRANDの効力なり趣旨なりが及んでいるのだという議論が出てくるのではないでしょうか。あえて標準必須特許にせずに、ぎりぎり外に置くというものが増えてきて、そこが今後は結構問題になってくるのではという印象はあります。

と発言されている。対して、鮫島弁護士が、

事業戦略的に考えると、仮に標準化して市場が一気に広がったとしても、それは多くのコンペティタが参入するということを意味しますので、その拡張した市場の中でシェアが1%くらいになってしまったら、標準化は事業戦略的にはまったく意味がなかった、ということになります。そこで標準化により市場を広げて、なおかつ、その拡張したひろい市場の中で一定のシェアも確保したいと考えた時、シェアをとる手段として、必須技術とまではいえないけれど競争力のある技術にかかる特許をFRAND宣言をしないで残しておくのです。(中略) そういう戦略の見通しが立てば標準化をしても企業は儲かるわけで、ロイヤリティに関する実施料率が仮に大幅に下がったとしても、拡張された市場規模でシェアを維持することによる売上増大のところで稼げると見込んで標準化するのだと思うのです。

と言われている。

現実に、ライセンス交渉の実際において、このような必須特許と周辺特許を組み合わせるということは行われているし、必須なのかどうかが争いになる局面というのもあったりするのでここはとても頷けるところ。

オープン&クローズ戦略

要するに、はやりのオープン&クローズ戦略なのだが、具体的にクローズ化する分野をどこに設定するのかが最も難しく、キーポイントとなるわけで、座談会でも、日立の飯田氏から、

標準規格の利用者の立場からすれば、クローズ化された技術がなければ標準規格が十分に利用できないとすれば、標準規格の魅力は減少します。そのため、標準規格の利用者の利益を害するような方法で周辺技術をクローズ化するのは、法的リスクを抱え込むだけではなく、事業戦略としても適切ではないと思います。

という発言がなされている。

明確になったゲームのルール

そして、この後、飯田氏からは、本件判決によって『ゲームのルール』が明確になった、として評価される発言が続いている。

そう、ゲームのルールが明確になった。そして、そのルールによれば、FRANDに特許を(考えなしに)大量にぶち込んでいても儲からないということが明らかになった。

ということは、標準規格回りでビジネスをしようと思ったら、そうでない儲け方を考えなくてはならなくなったということで、より洗練された特許の取り方、標準との関連づけの仕方が追求されるようになるだろう。

規格利用側としては、もちろんルールが明確になって安心できるようになったのは喜ばしいけれど、今後はそういう特許権者側の振る舞いを予想して動いていく必要があるな、と思うのだった。

規格中のオプション部分についても必須でよいのか?

このように考えてくると、規格のうちでoptionalな部分についての特許をFRAND宣言するのは不利なだけで意味がないことになりそう。

しかし、標準化団体のIPRポリシーでは大抵mandatoryもoptionalも両方必須扱いなんだよな。この関係ってどうなるのだろう、と思ったりする。