知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

読了:起業のファイナンス

磯崎哲也(@isologue)さんの『起業のファイナンス』、読了しました。

起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと

起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと

評判に違わず、とても面白かった。お勧めです。日頃はベンチャーにもファイナンスにもまったく縁遠いので、『ベンチャービジネス』がどんなもので、それに投資をするというのはどういうことなのか、磯崎さんのメルマガで始めて目にした『資本政策』とは何なのかなど、まったく分かっていなかったわけですが、非常に噛み砕いてわかりやすく説明されており、ヴィヴィッドなイメージが伝わってきました。さすがです。

ちなみに一番おもしろかったのは、種類株式の章で、将来発生しうる事象の色々な場合を考えて種類株式を設計するのはおもしろいだろうな〜、とワクワクしながら読みました。いまさら職種転換するわけにも行かないので(笑)、残念ながら実際やってみることができませんが、こういう類の設計は好きです。

今の勤務先は、ベンチャーから一部上場を果たした成功例ということになるのだろうと思います。創業は30年ほど前ですが。特許事務所勤務時代は、ベンチャーさんの代理をしたことも数は少ないですがあります。起業家・創業者というのは、『アニマル・スピリッツ』の持ち主で、熱意と勢いがあり、その人が周りを巻き込んで動かしていくのだろうと本書を読んで改めて思ったのでした。

本書で繰り返し書かれているように、ベンチャーを巡る生態系がもっと充実してくると、日本のベンチャービジネスにも活気が増えて面白くなってくるでしょうね。専門家サービスに手数料を払うという文化があまりないので、創業時はお金もないこともあって、なかなか専門家の側も報酬が得られにくくて難しいのだとは思いますが。

その生態系をつくる専門家の中に、弁理士は入るのだろうか、とつらつら考えてみました。バイオベンチャーとかだと、その技術を守るために特許をしっかり取っておくというのは必須の戦略だと思いますが、たとえばソフトウェアとかIT系のベンチャーを考えた場合、そのビジネスモデルを特許で守るというのは正直言ってかなり難しい。

ソフトウェアについて特許が取れるのは、基本的にハードウェアとの協働についてなので、まずビジネスの全体像を特許で守るというのはほぼ無理で、また、この手の分野の場合、ビジネスモデルは斬新だけれども、実現方法は、既存技術の組み合わせ、というパターンが多く、そうなると、新規性自体が厳しくて、取れそうなところを追求していくと、ビジネスのキモからどんどん離れていってしまったりする。数少ない経験から言っても、特許を取って、このビジネスを応援したい、と強く思っても、権利化できる余地が少ない場合が多いような気がします。そして、うまく権利化できた場合にも、権利行使はさらに難しい(どのような処理をしているのかが外から見えにくいので)。

企業価値の評価をする際にも、特許がしっかり取得できていればポイントアップだと思うので、なんとかしてあげたいとよく思ったものですが、現実はなかなか。本書でも、イノベーションは技術的なものに限らないことが述べられており、そのような技術的でないものも含めたイノベーティブなことをするのがベンチャー企業だと言われていますが、やはり特許法の目的は、技術的思想たる発明を保護して産業の発達に寄与すること、要するに技術の進歩にあるので、保護しきれないビジネスは多いですね。

あとは、王道的に他人を排除できないにしても、『特許出願中』とすることで、それなりに競合にプレッシャーをかけるというか、抑制効果を狙う程度でしょうか。特許調査をして、回避行動を検討させることにもそれなりのリソースがかかりますから、それなりの意味はある、という評価もできるのかもしれませんが。

とはいえ、創業期のITベンチャービジネスが、特許を取るのが肝要と言えるかと言われれば、あったらいいかもしれないけど、必須ではないよね、という感じを持ってしまいますね。1件取っておけば万全とは言えないし、特許網を作るだけの費用をかけるなら、他に回した方がいいような。

なんだかぱっとしない結論になってしまいましたが、会社というもの、起業というもの、投資というものなど、直接関係なくても、実体的なイメージを自分の中に持っていることはとても重要だと思います。非常に勉強になりました。ありがとうございました。