知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

改正特許法施行前セミナー:通常実施権の当然対抗制度と残された問題

改正特許法施行前セミナー第3弾。

通常実施権の当然対抗制度は、まあ産業界、特に電機業界に身を置くものとしては悲願という位置づけだったわけで。あんな登録制度使えっこないだろ!と思いつつ、あまりに抵抗が強いものだから、こりゃどうやっても改善はされないだろうと思っていた。登録制度の改善とかでお茶を濁し、特許法とは別のところで包括登録制度とかが作られていくのを見て、誰が使うんだあれ?と思っていたのは私だけではあるまい。

ということで、今回の改正は、ずいぶん思い切ったな、というのが正直なところ。不動産と一緒にするな〜と思いつつ、まあ『売買が賃貸借を破らない場合もある』、なんていうのは法律家的には許せないだろうし、と思っていたので。

ともあれ、特許法改正という形でなされたこの関係の条文は、99条と34条の5。

■99条
通常実施権は、その発生後にその特許権若しくは専用実施権又はその特許権についての専用実施権を取得したものに対しても、その効力を有する
(2項と3項は削除)
■34条の5
仮通常実施権は、その許諾後に当該仮通常実施権に係る特許を受ける権利若しくは仮専用実施権又は当該仮通常実施権に係る特許を受ける権利に関する仮専用実施権を取得したものに対してもその効力を有する

登録関係がばっさり削除されたので、あとは、通常実施権の発生と譲受人による特許権取得の先後関係の立証の問題となる。

大きな流れとしては、最初にちゃんと整えておきましょう、という親切な?日本型から、その場その場でちゃんと自分で確認して、自己責任でどう動くかどうかを決めなさい、という米国型へ移行してきているような気がしている。当然対抗制度導入の理由付けの中でも、権利の譲受の際には通常デュデリジェンスを行うから、譲受人側に不測の制約を生じることは考えにくい、というようなものがあったし。

余談だが、権利の譲受の際にDDを行うのは確かに当然の要請だし、そうすべきだとは思うが、中小企業もM&Aを多くするようになっている昨今、まともなDDがいつもなされているとは思わない方がいいんじゃ・・・、と思ったことだった。それこそ過渡期で、痛い目に遭うケースが増えていけば、ちゃんと手間暇費用掛けてやらないといけないという流れになっていくんだとは思うんだけど。

ともあれ、当然対抗制度の導入自体は歓迎すべきものである。包括クロスライセンスを結んでいた相手方が倒産してしまい、こっちの実施がいきなりできなくなった(そして何がどうできなくなったのかすらさっぱり分からない)、などという事態は避けられるようになったのだから。

だがしかし、単純な包括クロスの場合だけが対象になるわけではないし、倒産の場合だけが関係するわけではない。全ての通常実施権が当然対抗になるわけで。となると、その許諾に付随しているあれこれの契約条件はどうなるので??という問題が大きく残る。まあそこはそれ、当事者で何とかしなさいよ、ということなんだろうとは思うが、よほどしっかり契約のDDをして調べておかないと、揉めるだろうな〜、と思うばかり。上記のDDが必ずしもしっかり行われているとは限らない問題とも関連するんだけど、M&A関係を進める担当役員や部署と、法務や知財は別の場合も結構あって、ちゃんとプロジェクトになっていてその中にメンバーが入っていればいいんだけど、そんなことは全くないケースもあり、後出しじゃんけんのように契約が出てくることもあったりするんだよね(嘆息)。

セミナーでは、この契約上の地位の承継について考えるための説例として、以下のようなものが挙げられていた。
(1)独占の特約
・通常実施権に独占の特約がついていた場合(独占的通常実施権)、特許権の譲受人は、これに縛られて、第三者にさらに通常実施権を許諾することができないのか。
・独占の特約がさらに特許権者にも実施を認めないもの(完全独占的通常実施権)だった場合、特許権の譲受人は、自身の実施はできないのか(だったらなんのために譲り受けたのか分からない?!)。

(2)サブライセンス権
・譲渡された特許権には、子会社に対するサブライセンス権付きの通常実施権が許諾されていた。譲渡日において、既に子会社Aに対してサブライセンスがなされていた。譲渡日以降に設立される子会社Bについても、サブライセンスする予定である。譲受人としては、これらのサブライセンスは当然対抗される通常実施権なのか、それとも、契約上の地位(サブライセンスの付与権能)の承継の問題なのか。

 ちなみに、特許庁の見解では、サブライセンスは特許法上は通常実施権の許諾、という取り扱いなので、少なくとも譲渡日以前に許諾されているサブライセンスは当然に対抗される。しかし、譲渡日以降になされるサブライセンスは、発生日が譲渡日より後になるので、当然には対抗されない。契約上の地位の承継の問題になる。

 なお、子会社を含む企業グループに対してライセンスを与える場合、契約のスキームとしては以下の2種類がある。

(a)親会社に対して、その子会社に限定したサブライセンス権付きライセンスを付与。
(b)ライセンシーの定義として、契約当事者である親会社のコントロール権の及ぶ子会社を含む構成とする。

どちらの構成を取るのかは、ライセンサーのポリシーによることが多い。近年は、会社のM&Aが盛んになり、サブライセンス権を持ったまま他の会社に買われてしまうのを嫌って(b)を取るケースが多いような気がしている。どちらもそれなりにそうした場合の手当を契約上でしなければ行けなくて一長一短なんだろうとは思うが。

(3)Covenant not to sue (不提訴条項)の場合
・契約上の文言が、通常実施権の許諾ではなく、特許権を行使しないという約定になっている場合は、当然対抗の対象となるのか。

 セミナーでの説明では、通常実施権が、権利行使を受けない、という消極的な権利であるという説(日本における通説)に立てば、通常実施権の許諾であると同視できるので、当然対抗の対象としてよいのではないか。但し、裁判になった場合には、当事者の意思がどうだったか、すなわち、通常実施権の許諾と認められるような状況だったのかどうかという問題になるだろう。ということだった。

 そうはいっても、通常実施権の許諾で済むものをわざわざ権利不行使の形態を取っているのはそれなりの理由があるわけで、単なる契約上の地位にとどまるのではないかな、というのが私見。譲受人側からすればそのように必ず主張すると思うので、このような契約をする場合は重々そのリスクは承知の上でするべきだろう。

 ちなみにセミナーにおいて、いずれも通常実施権の当然対抗制度を有するドイツ・アメリカの場合どうか、という説明があった。ドイツでは、CovenantとLicenseは異なるので、対抗はできないとのこと。アメリカでは、まだこれについて正面から争われたケースがないので不明だが、今のところ、消尽の局面ではCovenantとLicenseに実質的な差はないとされつつも、譲渡の場面では差があるとの原則が維持されているとのことだった。