知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

ドイツ特許訴訟セミナー:侵害裁判所の審理

今回は、ミュンヘン地方裁判所を例とするドイツの侵害裁判の手続きについて。講師のミュンヘン地方裁判所判事(Dr. Oliver Schön)によれば、最近ミュンヘンでは新しい手続きの仕組みを作ったそうで、その目的は、侵害訴訟の裁判地としてミュンヘン地裁の人気を高めることにあるとのこと(ちょっと某国地裁の裁判による村おこしを彷彿とさせて暗い気持ちになったが、まあそれは横に置いておく)。

具体的な方策として、判事の一般民事とのローテーションをしないとか、スピード確保のために口頭弁論は2回しか行わないとか、裁判所嘱託鑑定人はできる限り選任しない、とかが実施されているらしい。書面審理主体であり、期限にかなり厳しい等、日本の裁判手続きより特許庁の無効審判手続を彷彿とさせた。

標準的なスケジュールでは、こんな感じになるらしい。

3ヶ月後  口頭弁論(1) すぐに終わる
 ここまでに、両当事者が準備書面を1通ずつ提出する。
 口頭弁論(1)で、その後の準備書面の回数と期日を決める。

10ヶ月後 口頭弁論(2) 1〜2時間程度
 ここまでの準備書面のやりとりを通じて判事はほぼ心証を固めている。(注1)
 代理人と会うことにより、重要な点の見落としがないか確認する。
 最後に判決言い渡し期日を決める。

12ヶ月後 判決言い渡し

(注1)この辺が、日本の無効審判Likeだな〜、と思ったところ。無効審判は原則書面審理で口頭審理が1回だけ行われるのが通例。口頭審理の前には、審理事項通知書が審判官から送られてきて、両当事者に口頭審理で述べることをまとめた陳述要領書の提出が促されるのだけれど、その中には『合議体の暫定的な見解』という項目があって、既に審判官合議体はここまでに大体の心証を固めていることがわかる。口頭審理当日は、それを確認する・見落としや方向性に誤りがないかをチェックする場にしていると思われる。

ドイツの地方裁判所の裁判官は、特許裁判所とは異なり(これについては後述の予定)、法律家であって技術のバックグラウンドはない。また、日本のような特許庁からの派遣や専門委員制度などもないとのことで、裁判所側では技術的な知見を利用するための仕組みを自ら用意することをしていないため、そのあたりを裁判官に理解できるようにするのは当事者の責任となる、とのこと。制度としては、裁判所が鑑定人を嘱託することもできるらしいが、これをすると審理のスピードが落ちる(所要期間が倍増する!)ので、あまり積極的に利用しておらず、利用率は1割未満らしい。そこで、これに代わるものとして、当事者が鑑定人を用意してオピニオンを提出するという形になる。この辺は米国と同様かな。

また、ダブルトラック堅持であるため、侵害訴訟裁判所は特許無効を判断することができない。被疑侵害者(被告)側は、対抗措置として特許庁へ異議を申し立てるか(異議期間内の場合)、連邦特許裁判所へ無効訴訟を起こすか(異議期間が過ぎている場合)ということになる。被告は、侵害裁判所に対して、特許が無効とされる可能性が高いことを申し立てて手続きを中断することを請求することはできるが、この『特許が無効とされる可能性が高い』という要件を満たすのがかなり難しい(80%以上の可能性で無効)ため、なかなか中断されないとのこと。

また、特許無効の可能性の判断は、侵害裁判所が書面審査で行うため、文献証拠しか考慮されない。公用証拠があったとしても採用されないため、限定的で被告に不利という側面があるらしい(米国のex parte reexaminationみたい)。

このように、無効訴訟と並行して行われている場合にもなかなか手続が中断されず、かつ、現状は無効訴訟の審理の方が侵害訴訟の審理よりも相当時間がかかっているため、このタイムラグをどうするかというのが当事者の悩みにもなっている(侵害判断が出て差止め執行可能になってもその後で特許が無効になってしまうリスクを抱える)。現状この打開策はなく、そういう前提で行動を決定するしかないらしい。

さて、日本の特許侵害裁判では、かなりの割合で裁判所から和解勧告がなされるが、ドイツでは基本的に裁判所が和解勧告をすることはなく、裁判の進行により有利不利が見えてきた当事者がそれを材料に和解を行う、という形になる。但し、ミュンヘン地裁では、調停手続きを導入し、訴訟の担当裁判官とは別の判事が担当し、無効訴訟が行われていれば、その連邦判事も参加させて調停を行う、ということが行われているらしい。このあたりは、日本よりも米国(ローカルルールによるが)に近い感じがする。

また、日本の裁判では、まず侵害論の審理、侵害との判断が出たら次いで損害論の審理、と順次行うわけだけれど、面白いことに、ドイツの侵害裁判所は基本的に侵害判断しか行わず、損害額の算定には立ち入らないとのこと。差止と、損害賠償の算定に必要な資料の提出を命ずる判決が出され、それに基づいて当事者間で損害賠償額について和解がなされるのが通例だという。どうしても損害賠償額について合意ができなければ改めて裁判に持ち込むことはできるが、そのようなケースは非常に稀で、金額について、その算定根拠さえしっかり提出させれば当事者間で合意に達するのは難しくないとのことだった。これは全然しらなかったのでとても面白かった。損害論をやらないのでさらにスピード審理ということですな。