知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

職務発明制度フォーラムメモ その1

産業横断 職務発明制度フォーラム、弁護士 飯田 秀郷 氏の基調講演『職務発明制度に関する基礎的考察』のメモと所感。感想を一言で言うと、『過激』。ご本人もそう言われていたので、そう書いてもかまわないだろう。

さて、まず現行特許法35条(2004年改正)の条文を忘れかけているので末尾に再掲しておく(挿入してみたらあまりに長文で邪魔なので)。

3項で従業者の相当の対価請求権が定められており、その対価について、オリンパス事件最高裁判決では、

使用者は、勤務規則において権利の承継のみならず、対価の額やその支払額について定めることができるが、「いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許をうける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らかであ」る。勤務規則等の定めによる対価が国不足額があるときは不足分を請求することができる(最判H15.4.22)

とされたこと、この年に職務発明の高額訴訟が相次いだことを受けて2004年に35条が改正されて4項新設、5項改正されたという経緯がある。(大)企業では、4項を受けて、職務発明規程を改訂し、対価が不合理だと認定されないために意見聴取を行い、きっちり開示を行い、多大な管理コストをかけて毎年対価の算定を行っているという流れになっている。

職務発明の相当の対価請求にかかる訴訟は年間20〜30件程度提起されており、そのうち10件前後が毎年判決に至っている。訴訟の対象となっている特許は平均で出願日から19年以上経過している古いものであって、このため改正法後の出願が取り上げられた訴訟は今年になっての1件しかない(この1件は特殊事情だったので除いて考えたほうがよいらしい)。

このような中、発明者が訴訟を提起して裁判所に対価が不合理だったと認定されないように、企業としては涙ぐましい?努力をしているわけだけれど、まだ改正法後の裁判例がほぼゼロであることもあって、ちゃんと合理的だと認定してもらえるんだろうか?という恐怖がある、という感じだろうか。

飯田弁護士によれば、産業界で実行されている対価の額とこれまでの(旧法下での)判決で認定された額とは桁が2つ3つ違うという大きなギャップがあり、いかに手続きを一生懸命整備して合理的なようにしても、裁判所が対価の額が小さすぎると考えた場合、支払いが合理的とは見てもらえないのでは、との懸念が表明されていた。依然として、改正法によっても、訴訟リスクは軽減されていない、ということである。

そもそも、相当の対価請求権の根拠は発明のインセンティブを従業者に与えるためというインセンティブ論で説明されることが多いが、インセンティブ論は本当に対価請求権を説明しきれているのだろうか?という疑問が呈された。多くの企業は、職務発明規程により、発明者へのインセンティブ付与と35条遵守の両方を満たすことを目的においている。どうせお金を払わなければならないのだったらうまくインセンティブにつなげるような形に持って行きたいということである。それはうまくいっているのだろうか?かえって不合理だとされる結果を招いていないだろうか?という指摘もあった。

いうまでもなく、発明は無から生じるものではなく、それまでに蓄積された知見の上に技術的課題が立てられ、これを解決する新たな着想・具体化が図られて成立する。新たな着想・具体化という本質的部分の捜索は発明者の個人的能力によるが、職務発明の場合、背景となる知見の蓄積は使用者が保有しているか公知情報である。また、研究開発の活動状況・情報が所望の効果を生んだときに発明として取り上げられることになるが、それが出願に結びつくかどうかは相対的な事情に依存し、開発過程のその他の技術的知見と同様に営業秘密として管理される場合もある。

このように考えると、発明の完成により発明者に原始的に帰属するとされる「特許を受ける権利」は、非常に法技術的に作られた、実体のない空疎な権利ではないか、との問題提起である。

この『空疎な権利』の裏づけとして、職務発明=特許を受ける権利を有する従業者は、使用者の意思に反して第三者に漏洩・譲渡・ライセンス等をすることはできず、自ら出願することも、自ら実施することもできない。すべて秘密保持義務違反となる。すなわち権利を持っているにもかかわらず管理処分権がない、ということが挙げられている。

このように考えてくると、発明の創出にも使用者に蓄積された知見が大きな役割を果たしており、その発明の成立すら相対的で(営業秘密のままかもしれず)、特許を受ける権利を所有しているといわれたところで自分じゃなにもいできない、というのであれば、いったい発明者に特許を受ける権利を原始的に帰属させることになにか意味があるのだろうか?という疑問にいきつく。インセンティブは別の方法をとったほうがうまくいくことが多いようだし(これは別のエントリーで)、フランスみたいに法人帰属にしちゃえば?(著作権は法人著作なんだし)という流れか。

ひところの35条撤廃論よりは、説得力があるというか、実務になじみそうだな〜、と思ったことだった。が、そのように法改正するとなるとハードルはものすごく高い気がするけど。

そもそも研究開発活動なんてうまくいく保証があってやっているわけではなく、リスクをとってやってるわけで、だから開発投資をする前に、これをやったときにかかるコストは予測されている必要がある。うまくいって発明に結びついた場合の相当の対価というのも、予測されるべきコストの一部なのに、これだけがなぜか発明が成功してから訴訟をすると、その事業の成功に応じてリターンがもらえる=予想もしなかった金額の支出の可能性がある、という図式になっていて、これではリスクをとることができない(幅が決まらない)。こんなことをやっていては、イノベーションはおろか国際競争力がどんどん落ちていくんじゃないのか、というのがこのフォーラム全体の問題提起であり、パネルディスカッションの主題だった(ので、別エントリーで)。

要するに、進歩性の判断で決してしてはならないとされている後知恵になっちゃってる、ということなのね。と理解した。そこに成功した事業の状態が示されている以上、そこから自由になって対価の算定をするというのは非常に難しいのだろうけど、事後取引じゃなくて事前取引は尊重されるべきで、最大限尊重してほしいものである。ここでもホールドアップ問題、ってヤだし。

(職務発明)
第35条 使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。

2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。

3 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第34条の2第2項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。

4 契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には、対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない。

5 前項の対価についての定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認められる場合には、第3項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。