知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

職務発明制度フォーラムメモ その2

産業横断 職務発明制度フォーラム、一橋大学の長岡教授の基調講演『職務発明制度はイノベーション促進に有効か:発明者サーベイからの示唆』のメモと所感。

長岡教授の発明者サーベイは、FTCレポートを紹介された田村教授の講演でも取り上げられた(というエントリーを書いたつもりでいたんだけど、どうやら書いてないみたい。あちゃちゃ)こともあって興味を持って読んでいる。本日取り上げられたのは、以下の点。

1.発明者はどこで働いているか
2.発明者はどのような動機で発明を行っているのか
3.発明者はどのように金銭的に処遇されているのか
4.日本の職務発明制度の問題点

1・発明者はどこで働いているのか

といえば、日米欧とも大半がR&D部門であり、日本では9割を占める。要するに、発明者は発明のために(発明することを期待して)雇用されていると言え、生産現場などで働きながら同時に発明を行う『兼業』ではない。ということがサーベイ結果から言える。

面白いのは、R&Dのほかに職場として出てくるのは、生産、経営陣、販売・マーケティングなのだが、経営陣、というのは要するに自営で、スタートアップ企業のオーナー発明者ということで、さすがにこれはUSの比率が高く8%。ドイツで7%、日本は2%。アメリカだと特許調査するときに対象特許の出願人だけじゃなくて発明者でサーチをかけるのは常識だったりするけど、それはこんなところにも現れているわけね。

2.発明者の動機

これは、発明者の一般的な動機を聞いているわけではなくて、特定の発明について、その発明をなしたときの動機を質問しているもの。これは(1)内在的な動機、(2)間接的な利益を受けることによる動機、(3)直接的な利益を受けることによる動機の3種に分けられる。

(1)内在的な動機

としては、チャレンジングな技術課題を解決すること自体への興味、科学技術の進歩への貢献による満足度が挙げられ、重要な発明ほどこの内在的動機が高い傾向にある。

(2)間接的な利益

すなわち所属組織のパフォーマンス向上への貢献が(1)に続く。そして最後に、

(3)直接的な利益

すなわち、キャリア向上や金銭的な報酬、研究条件の便益等である。

これらの傾向は日米欧で共通していて、

内在的な効用>組織への貢献>金銭的な動機

という順になる。

それはそうだよね〜、というのが感想で、どこからどう見たって、研究者とかエンジニアという種類の人は、発明というか課題の解決とか、そういうこと自体が好きな人種だもの。だから研究者なりエンジニアをやっているんだと思います。いまさらですな。

ということは、ここから、彼らのモチベーションをあげるには何をしたらいいのか、というのが浮かび上がってくるわけですが。対価の請求権=直接的な金銭の支払い、っていうのは効果は薄そうだね、というのがすぐに分かる。

3.発明者はどのように金銭的に処遇されているのか

これも、2種類に分けられる。(1)個別発明への金銭的な報酬、(2)給与ベース(処遇)への影響で、(1)はさらに、(a)開示、出願、登録に伴うボーナスの支払であって、要するに、出願時、登録時報奨に相当するものと、(b)当該発明が実施されたことを条件にした支払(実績報奨)の2つに分けられる。

意外だったのは、(1)の(a)については、日米欧どこでも高い比率で実施されていること。別に法律で決められていなくても、それなりにどこでも実施されてるんだな。それなりの効果が見込めると思われているってことよね。一方、(2)の(b)は、日本とドイツで高く、米国では低い。これは法制度に依存していることがわかる。実績報奨は、商業的成功が条件になるだけに、発明者にとっては支払いの先延ばしであり、リスクも高くなる。

一方、(2)処遇への影響は、生み出した発明の数が多い発明者になるほど所得分布の上のほうになる、という結果が出されていてそれなりの影響が見られる。

4.日本の職務発明制度の問題点

(1)開発投資への所有権を弱める危険

 イノベーションは、発明をしただけでは当然ダメで、事業化=生産・販売までたどり着く必要がある。企業においてもっとも効率的な投資というのは、研究・開発の各段階で限界費用と限界収入が等しくなるまで投資をすること。にもかかわらず、事後的に、裁判所において、成功した事業において発明の対価が決定されることになると、開発投資の限界収入の一部が発明者に帰属するということになり、これが大きくなると開発投資を阻害する=ホールドアップ問題となる。

 やっぱり、後出しじゃんけん問題ですね。

(2)効率的なリスク負担を制約する危険

 発明者は、企業と比べてリスクのプール能力に欠ける(当然ながら)。なのに、事後的に、成功時に発明者にリターンを移転するという形になると、失敗時のリスク負担は発明者ではできないにもかかわらず、企業の成功時の着たい利益を奪うことになり、企業のリスク負担能力が低下し、結果として分配可能な余剰(全体のパイ)が減ってしまう。

 この点については、駆け足だったのと経済学的な説明だったのとの二重苦で理解が浅いです。すみません。

(3)チームワークの阻害?

 イノベーションの価値は、格段階での仕事の質の掛け算であり足し算ではないのに、発明の部分だけ取り出して対価を支払うことによるチームワークへの影響、という話だったと思うのだけど、ここも時間切れで詳細不明。


あと、長岡先生の基本理解として、現在の日本の特許法の35条は大正法の時代から継承されているものであり、その根底がショップ・ライトモデルであるのが問題、といわれていたけど、ショップ・ライトがどのようなコンセプトなのかいまひとつ理解できていないので???となってしまった。ネットで見てもよくわからないので、どこかでちゃんとした参考書を読まないと。。。

長岡先生は、飯田先生とは基本スタンスがちょっと違っていて、改正法は、いろいろ考えて事後的に発明者にリターンを移転するモデルから、事前にちゃんと取り決めしておけばそれに沿って運用できるという形に変えたんだから、ちゃんとそのように裁判所でも判断してくれると期待していて、そうすれば問題は解決すると信じている、と(パネルディスカッションのときに)言われていた。

なんか、裁判所の胸ひとつ?と思ったり。

企業にとっては、発明者が不満を持って訴訟に行くこと、それに対応することを強いられること自体が余分なコストだと思うんだけど、よっぽど裁判例が積み重なって、不合理だといわれない、高額の事後的対価認定がされないというところまでいかないとそうはならない気がする。そして、企業としては、ここ10年ほどの裁判例を見ていると、とてもそんな期待を持てない(悲観的)というところなんだろうな。