知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

回転扉の向こう

弁理士の職場は特許事務所と企業の知財部に二分される(そのほかにも存在はするのだろうけれど、弁理士登録を維持されている方では非常に稀だと思う)。そして、現在事務所弁理士と企業弁理士の割合は約8対2。昔は企業→事務所の一方通行だった人材の流れが近年は双方向になっている。さらに、以前は企業にいて資格を取って登録を得た弁理士の大半が独立するなどして事務所に流れていたところ、近年はそのまま企業にとどまることが増えている。

私のように企業→事務所→企業とか、事務所→企業→事務所という方も増えている一方で、ずっと同じ企業内で知財職のまま、途中で弁理士登録をして、という人も多いということ。となると、こうした方々と話をしていると、なぜ事務所から企業に転職しようと思うのか、その逆の理由も、あまり自明のことでもないらしい。

ということで、自らの経験と、事務所側・企業側の両方で中途採用をしていた経験から、弁理士が事務所と企業の間にある回転扉を開ける一般的な動機についてまとめておこうと思う。

特許事務所から企業へ

 特許専門の弁理士で考えた場合、事務所弁理士の仕事の大半は国内の特許明細書の作成を中心とする特許庁への出願代理=権利化業務である。中には中小企業のクライアントを数多く抱えて発明発掘からコンサル的なところまで行っている方もいらっしゃるが、そこまで行くにはそれなりの経験が必要になるし、数としては少ないと思われる。

 事務所の経営の安定という観点からすると、それなりの規模の事務所であれば、大手のクライアントを複数持って一社あたり年間50件程度は受注したいところ。となると、やっぱり仕事の中心はひたすら明細書を書いて中間処理をこなして、ということになっていく。

 で、という状況では創造・保護・活用の知的創造サイクルの『保護』のところしか関わっていないことになるので、できれば創造や活用のところにも関わっていきたいという希望が出てきたりする。とはいえ、事務所にその部分を外注するクライアント企業はほとんどないため、これらを経験したいために企業への転職を考えるというケースが多い。扱える仕事の幅を広げるため、ということである。

企業から特許事務所へ

 昔からある動機としては、組織の中で働くのは向かない(好きじゃない)ので、独立する、一国一城のあるじになる、というもの。とはいえ、近年は独立してもなかなか営業的に厳しいこともあり、以前よりは皆さん慎重になっているように見える。また、企業内だと明細書を自分で書く機会に恵まれているとは言えないことが多いので、いったん特許事務所の勤務弁理士として経験を積んでから独立という過程を経る方も。

 また、企業勤務と言っても、弁理士試験に合格した人が知財部門に所属しているとは限らない。この場合、試験の合格を持って知財部門に異動希望を出すことが多いと思うけど、会社がそれを良しとするとは限らず、実現しないことも少なくない。そうすると、知財職としての経験を積むために退職することを考える。その場合、他社の知財部という考えもあるのだろうが、たいてい企業の知財部は資格だけ持っている未経験者は採用しないので、現実的な選択肢としては特許事務所となるだろう。

 組織に合う合わないということだけでなく、企業の知財部での雑多な業務につきあうよりは、権利書たる明細書の出来映えに注力したい、個別の案件をもっと丁寧にやりたい、という志向が出てきて企業内より事務所に行くことを考えるケースもある。


要は、同じ知財職とはいえ、やっていることが事務所と企業知財部では大きく違い、事務所では個別案件へのかかわりが深くなるし、企業知財では幅が広くなる傾向にある。そのような一般的な傾向に基づいて個人個人が自らの志向に照らして転職していくという形になる。が、隣の芝生は青いというか、やってみると想像と違っていたとか、実は元の方が自分の志向には合っていたとかが転職後に判明することもあるし、しばらく扉の向こうで経験を積んだところで元の世界にその経験分をプラスした形で戻っていくことを選ぶというケースもあって、このような場合は回転扉を二度・三度くぐっていく訳である。


また、以上は仕事の面での話だけれども、生活面での違いもあって、なにしろ特許事務所は大手であってもせいぜい中小企業規模で、零細なところも少なくない。そして仕事が来なければ即売上げが立たなくなり、明細書を書く弁理士は企業と違って立派な直接部門の人員である。という中で、収入を確保しようと思ったら私生活を犠牲にしなくてはならなくなるかもしれない。というように、生活の安定という側面では事務所は一般的に企業には劣るだろう。福利厚生だって大企業の方がやはり充実しているわけで。

一方で、小さな規模だからこそ融通が利くという側面も強くて、制度がないから認められないということは事務所ではあまり考えられない。ライフステージの一時期は、この融通性を重視して特許事務所という選択だってありだと思う。実際私自身はこの点を重視してずいぶん長く事務所に在席したし、初職会社に戻る選択肢があればともかく、フレックスもない現職会社で小学生と保育園児を抱えてフルタイムでみっちり働けたかというとちょっと自信がない。


個人的には、どちらの長所も短所も経験してみないと自分にとって何が重要かも見えてこないので、せっかく弁理士資格を取ったのなら、どちらの世界も経験してみて分かった上でそのときどきに自分にとってベストと思える職場に行けるとよいのではないかと思っている。そして、その程度には知財業界の雇用の流動性は現状あるのではないだろうか。