知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

子どもの受験で親が評価されるわけではない

息子1号@高2の保護者会に行ってきた。センター試験まであと1年ということ、高3での改めての文理選択決定を前に説明会という趣旨だった。

で、『学習指導部』の先生からの説明の冒頭で、標題の発言があった。詳細には、子どもの受験の結果を引き受けるのはあくまで本人で、親がそれを引き受けることはできないし、ましてそれによって親が評価されるわけではない、ということを忘れないで頂きたい、という趣旨だった。「え?そんなの当たり前じゃない」と思う一方、それが最初に来るということは、そういう言動をする親も少なくないということなんだろう。

説明の内容は至極真っ当な、当たり前のことで、当校の生徒が狙う大学には『お得な裏情報』のようなものはなく、推薦入試も機能しない。学校が親切に『入れる大学』を調べて教えてくれるわけではないので、行きたいところがあればその入試の方法について本人が調べるのが基本です、から始まり(確かに親切な高校も世の中には多数存在するからな〜)、『とりあえず理系を選択した生徒の最後の確認の時期です』と言われ(11クラス中、文系は2クラスという極端に理系率の高い男子校。とりあえず理系ってのがあるのね!とびっくり)。

さらに、学校から軸足を外すと自由度が高くなりすぎて失敗しやすくなるので、見栄っ張りの男子生徒ばかりの当校ですが、そこは『学校を上手く利用する』ようにして欲しい、と。『目先の成績にとらわれず愚直に正面突破を』ということだった。そりゃそうだね。もうそろそろ授業の進行も終盤らしい(一通り各教科終了してあとは受験対策一色になるみたい)けど、学校と授業はペースメーカーであることは変わらない。

さらに、勉強は学校に軸足を置いてしっかりやってもらい、家庭の役割は気持ちの面を含めた体調管理のみに徹して欲しいということが言われたのだけれど、まあこれが強調されるということは、勉強面に口出しをする親が多いという裏返しなんだろうと思いつつ、勉強というか大学の選択という点において、本人が及ばない広い視野や経験から本人に気づきを与える、選択肢を提示することはやってもいいなじゃないの、と思ったことだった。これが親の責任であるとまでは強く言わないけど、そこまで謙抑的になる必要はないだろうと思っている。

気づかないこと、目に入らないことは選べないので、目の前に並べてもらえるというか、並べることもできるんじゃないの?と示唆してもらえるありがたさ、というのはあるので。