知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

特許の実証経済分析

特許の実証経済分析

特許の実証経済分析

やっと読み終わりました。8月に買ったような気がするんだが(汗)。

目下最大の懸案は、当社にとって特許権を取得する目的はなんなのか。その目的に必要十分な特許の量と質はどのようなものなのか。そしてそれにかけられるヒトとカネはどの程度が適切なのか、ということ。究極には、かけただけのリソースの価値がその特許権にあるのか?というところに行き着く。しかし、個別の特許の価値評価も難しいが、マクロで特許が企業の研究開発・イノベーションにどのように貢献しているのかという分析はあまり見たことがなかった。

で、店頭で見かけて、ぱらぱら眺めてあまりの数式の多さとよく分からない専門用語の頻出にかなりめげたが、購入してみた。統計の素養がまったくないのと数学もかなり弱いのでそれっぽいところはほとんど読み飛ばしているのだが、こういう趣旨でこのような分析をしたところ、こういう有意な結果が出て、このように評価できる、という記載を読むだけでもかなり面白い。

いくつか興味深かった記載を引用しておく。

 企業の研究開発活動によって蓄積される知識ストックは、最も簡易には、知識の陳腐化率を一定と仮定し、毎期の研究開発を積算する方法で得られる。しかし、研究開発支出は研究開発の投入費用(インプット)なのであって、研究開発の成果(アウトプット)を意味しているとは限らない。支出された研究開発費のすべてが有効に使われて企業価値や収益の創出に貢献しているわけではない。ある部分は失敗に終わり、企業価値や収益になんら貢献していない部分も含まれている(ドライホール)。
 企業がイノベーションのうち、事業的価値が存在すると判断したイノベーションを特許として出願し、そのうち新規性や進歩性が認められた価値の高いものだけが登録に至るのであるから、特許出願や登録はイノベーションの成果を捉えていると考えられるのではないか(パテントストック)。

このパテントストックの算出法が色々書かれているわけだが、制度の変更や、出願から登録までにかかる期間の長さ、出願をカウントするのか登録をカウントするのか、陳腐化の開始する時期はいつか、また、単純な登録数のカウントだけでなく、これに被引用回数を加重するとさらに有意ではないか(被引用ストック)、など色々大変そう。このパテントストック作成から見えてきた問題点として、次のような記載がある。

イノベーション1件当たりに投入される研究開発費(イノベーション・コスト)は企業や技術分野によって大きく異なる。
 (1)大手医薬品メーカーの2000年度の研究開発費366億円、特許出願数63件
 (2)大手電機メーカーの同年研究開発費232億円、特許出願数1222件
特許1件当たりの研究開発費は、(1)5億8095万円 (2)1899万円。

企業や技術分野によって特許性向に大きな違いがある。医薬品メーカーはイノベーションの専有手段として特許取得を選択する場合が多く、電機メーカーは営業秘密等特許以外の専有手段を選択する場合が多い。従って、企業が生み出したイノベーション数と特許出願数は必ずしも一致しない。

パテントストックは、その国の特許制度や制度運営の影響を強く受ける。

被引用回数は、特許制度や運営のあり方だけでなく情報技術の発展などにも影響されるため、技術知識の価値だけを捉えているわけではない(被引用インフレーション)。

また、技術の陳腐化率についても計測が試みられている。多くの先行研究では、知識の陳腐化率をアプリオリに10〜15%に仮定している場合が多いらしい。本書では、特許の維持年金が支払われる割合(特許更新率)のデータを用いてこの計測をしている。ただし、日本の場合、登録料はかなり頻繁に改訂されているし、多くの企業では毎年支払の可否判断をしているわけではない(3年毎に金額が変わるので、大抵は3年単位で意思決定し、要否を決めて維持する場合は3年分支払っている)ので、多少のバイアスが入る。この計測の結果、陳腐化率は、13の技術分野の平均で21%と推計されている。

また、この陳腐化率、最終登録更新料、登録期間などのデータから特許1件ごとの価値を計算したところ、21万円〜1645万円の分布を示すが、これは左に大きく歪んでおり、高い価値を生んでいる特許はごくわずかに過ぎない。ほとんどの技術分野で上位10%の特許によって価値総額の5割を占めているとのこと。まあこのあたりは実感と大体近い感じがする。

このほか、特許制度が本当に産業の発展に資するものなのかという実証分析にも最後の2章が割かれており、非常に興味深かった。