知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

若手のギモン(5):権利行使?

若手2号君が、ふと思いついたかのように、軽い口調で、

うちの会社もそろそろ権利行使もしてみたいですよね。

とかいうので、『全然まったくしたくありません!』とキッパリ否定したら、予想外の反応だったようで

えええっ、どうしてですか??

と言われた。彼としては、これだけ打たれまくっているのだから、たまには打つ方に回ってみたいと思うのではないか、と思ったようで。まあ渉外担当で被疑侵害者側ばかりやっていると、そういう気持ちになるという話はちょくちょく聞くし、米国なんかでは、被告側の代理人をよくやっていた弁護士がライセンス専業会社を立ち上げてしまったりする話も珍しくない(超迷惑である。全く)。

私の10年を超える渉外経験は、悲しいかな?常に被疑侵害者側で、権利行使側に回ったことは皆無。こう防戦一方だと、たまには攻撃もしてみたいと思うかと言えば、正直言って、私のような担当相手に揚げ足を取られながら叩かれまくって適当なところで落とす、なんていうことは自分から進んではやりたくない。

よく侵害訴訟のダブルトラック問題で話題になるけれども、被疑侵害者側はどこかで一勝すればよいが、権利者は全勝する必要があるわけで、構成要件の1つでも怪しければ相手はそこを突いてくる。グレーなゾーンでほいほいお金を払うような事業者がいるわけはないので、あれこれつけられるイチャモンをうまくいなして説得しなくてはならない。そこまでのリソースを投入して得られるのはどの程度?と思ってしまう。これくらいの効果(収入)が見込めます、と皮算用して社内を通しておいて、雲行きが怪しくなってきたのでこのくらいで止めておきます、とはなかなか言いにくいもの。勝算が低いならやめておけ、となるのが落ちである。

というのも、事業会社から1件の特許で来る侵害警告は、自社の製品実装の延長・拡張程度の特許で、捨てる前に調べてみたら、当社の製品がうまく読めば権利範囲にはいるかもしれない、程度のもの。うまく行けば、使ってない特許で収入が得られるかも、というダメもと系が多い。そして、製品開発から出てくる出願の権利化を素直にしていれば、その類の特許しか取れないので、できあがった権利をいざ行使しようと思っても、なかなか難しく、そうもああも読めるような具合で、反論に耐えられないものが多い。

これに対して、標準化をそもそも狙って作った特許群、研究開発をなりわいとしている会社が、将来を見越して早くから準備し、投資の回収のためにライセンス収入を目的としてつくった特許群などは、出願日も早く、使わざるを得ないケースが多く、さらに1件逃れてもポートフォリオになっていて被疑侵害者側としては回避努力・無効化努力が膨大で、ある程度の金額を覚悟せざるを得ないものである。

要するに、自社の特許出願の目的はどこにあるのかということで。ライセンス収入を目的とするなら、その効果を最大化するような発明創出と出願戦略、権利化戦略を立て、それを広く利用してもらって継続的な収入を得るスキームを組むべき。このようなスキームに沿ってビジネスを行っている研究開発・ライセンス企業はアメリカには多い。

他方、自社製品を守り、競合他社への参入障壁とするのであれば、製品の機能を必要十分に権利化すればよく、この場合、最も効率がよいのは、その特許を見て相手が勝手にそのような機能の実装を回避してくれることである。回避の結果、自社と異なるより良い手法が編み出されて同機能製品が登場してくる可能性はあるが、それにはそれなりの時間がかかるので、それまでに先行してさらに開発を重ね、群にしていけばより強力な守りとなる。

このような自社防御の特許戦略を敷いている場合、もともと狙ったところとはずれる他社製品がたまたまクレームの範囲に入りそうだからといって、ライセンス活動にいそしむと、上記のように、うまくいくよりもただのリソースの無駄遣いに終わるケースが多いような気がする。その昔、補正要件が『新規事項の追加禁止』でなく『要旨変更』だった時代には、相手の製品を見てそれが入るようにクレームを補正し、権利行使するのが特許担当の腕だとされた時代もあったが、今それをするのはかなり難しいだろうし。

ということで、渉外担当の夢?:タナボタな権利行使なんてないのだよ。と思うのだった。

とはいえ、

がっぷり反論してくる会社ばかりじゃありませんから。
そんなに高くなければわりと簡単にお金を払ってくるところもありますよ。
なので、とりあえず警告書をばらまいてみるんですよ。

と言われたこともあるので、色々なんだろうけどね。よく考えれば、当社並みに侵害警告慣れしている会社がそうゴロゴロある訳ではないのかもしれない(大手家電は除く)。