各講師の話を要約しようと思ったが、重なる部分も大きいので、理解した範囲でテーマごとにまとめてみる。
欧州での特許出願は、各国よりは欧州特許庁(EPO)へ出願することが(日本の出願人にとっては)一般的だろう。38の加盟国について1つの出願手続・審査手続で特許査定まで得ることが出来、手間と費用の削減になる。しかしながら、特許後の登録は各国で行わなければならず、当然ながらその後の権利行使も国単位となる。欧州は、あの面積の中に多くの国と言語がひしめいているので、翻訳の手数とコストが馬鹿にならない。権利行使までの一元化を目指して共同体特許条約が締結されたけれども発効していないのは周知の通りで、これって確か私が実務を始めた頃から既に幻になってたような気がする。
でもここへ来て、ようやく前進の見込みがついたらしく、共同体特許じゃなくて欧州統一特許(European Unitary Patent)という形になりそうな見込みらしい。イタリアとスペインはOpt outしたので入らないらしいけど。
という話題で欧州特許裁判所長官の話は開始された。
現状、市場としては1つになっている欧州において、特許の権利行使が各国ごとでしかできないという事情は、どこで訴訟を起こすのかということが高度な戦略マターになっているということを意味する。要するに、欧州全域でフォーラムショッピングが起こると言うことだ。ちなみに、裁判籍はブリュッセル規則(Council Regulation (EC) No.44/2001)で決まっており、普通裁判籍(2条1項)は被告の住所国の裁判所、特別裁判籍は侵害については5条3号で侵害行為が起こった場所(不法行為地ですね)、特許無効については22条4号で特許登録国の裁判所の専属管轄となっているとのこと。
で、あまり詳しくない私だって欧州での特許訴訟がドイツでダントツに行われているということくらいは知っている。ではなぜか。訴訟地を選ぶ場合の判断のファクターとしては、
が考えられる。で、各種データによれば、実際欧州での特許侵害訴訟の5割以上はドイツで起こされており、さらに、(1)デュッセルドルフ、(2)マンハイム、(3)ミュンヘン に集中しているとのこと。・裁判の品質
・審理のスピード
・訴訟コスト
・他国への影響力 等
一審裁判の特許訴訟コストは、フランスとオランダが約2500万円、ドイツ約3100万円、イギリス1億8千万円というデータがある。大陸諸国の訴訟制度は似たり寄ったりなので、それほどコスト的にも大きく異ならないが、イギリスは法制度が全然違う上、Disclosureの存在、Solicitor/Barristerという特有の代理人制度もあってどうしても高く付く、ということらしい(感覚としてアメリカ並みかやや低い程度か)。
第一審判決までの所要期間としては、フランス24ヶ月、オランダ12ヶ月、イギリス12ヶ月、ドイツは裁判所によるが8ヶ月〜16ヶ月。これがイタリアとかになると途方もなく時間がかかるらしい(7年とか)。
また、傾向としてドイツは特許権者フレンドリーらしく、第一審の特許権者の勝訴率は63%。一方でイギリスは20%で、特許無効率が高く、無効裁判地として人気が高いらしい。フランスの特許権者勝訴率39%、オランダ41%。
で、これらの結果、ドイツの上位3裁判所に特許侵害訴訟が持ち込まれることが多くなり、それが特許訴訟経験の豊富さにつながり、ひいては品質の良い裁判(合理的な判断)を導く。それでも審理スピードが遅くならず、コスト効率がよいとなれば、特許権者が好んで訴訟を提起するわけである。そして、この積み重ねの結果、欧州の他の国で同じ特許で後から侵害訴訟を提起した場合に、ドイツの判決結果を持ち込むと、尊重されやすい、ということにつながっているとのことである。ドイツの裁判所にとってはいい循環が起きている、ということなのだろう。
というような状況なので、特許権者としては、侵害を発見した場合にどのようなオプションをとるかはよく考えなければならない。これは米国の場合でも同じだが、深く考えずにまずは警告書の送付、という行動を取ると、被疑侵害者から逆に非侵害確認訴訟を被疑侵害者に有利な裁判地で起こされてしまうというリスクがある。もちろん裁判籍のない国で訴訟の提起はできないわけだけれど、管轄が歩かないかの判断をするだけで数年かかるような国の裁判所に持ち込まれてしまったらお手上げというわけ。
移送の申し立てとか訴訟却下の申し立てはもちろんするけれどもそれはそれなりに手間がかかり認められるともかからないというのは米国の場合と変わらない。欧州では、ブリュッセル規則の27条に二重起訴の禁止規定があり、同一当事者が同一特許について複数の加盟国で提訴するのは禁止されているとのことである。これを利用してイタリアやベルギーのような国で被疑侵害者が先手を打って非侵害確認訴訟を提起する戦略を『トルペード戦略』というらしい。トルペードってなんだろ?と検索していたら、2007年のシンポジウムに行き当たった。資料や講演録アップロードされている。さらっと見たが、あまり傾向としては大きく変わっていないのかな、という印象。
で、ドイツの裁判手続きについては、ミュンヘン地裁の詳細な説明があったので、そちらを次回はまとめてみようと思う。かなり日本や米国とは異なる特徴を持っているという印象だった。