知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

職務発明規程は何のためか

かつてはマイナーな条文だったのに、ここ数年で大メジャーになってしまった特許法35条(後掲)。特許を受ける権利の予約承継(2項)を確実にするために、たいていの企業では職務発明規程を作っていると思う。

職務発明規程においてどのような報償(報奨・補償ほか)を定めれば、「相当の対価」であると評価されるのか。35条の改正とその後に出された特許庁のガイドラインで合理的なラインが出たのかと思えば、結局のところいくら適正な手続を経て策定したとしても、後から発明者が裁判所に訴えた場合、その対価の額が合理的でないと判断されるリスクは残る、という企業側にとっては甚だ遺憾な状態になっている。

ある発明が大発明でみんなに実施されて大化けするなんてことは出願時や発明時に分かっていることなんてほとんどないと思う。発明そのものの力というよりも中間段階でうまく他者が逃げられないように権利化したために、実績が高くなるなんてこともよくある話で。

となると、多額の実績報償が約束されているからといって、発明者にとってインセンティブになるのかといえば甚だ怪しい。出願時や登録時の報奨金に一律大枚払うわけにもいかないし、第一少ないリソースで納期に追われて研究開発に従事している開発者に対し、多少の上乗せを約束したところで、それが動機で発明届を書こうかという気持ちにそうそうなるものでもない。報奨金のインセンティブ効果はうたい文句だけで実質ほとんど効果なしといえるだろう。

それでも企業が職務発明規程を定めるのは、「合理的な基準」により「相当な対価」を支払っていると発明者に信じてもらって、あとから巨額の訴訟を起こされるなどというリスクを防止するためである。

とはいえ、発明者が35条を根拠に会社を訴える場合、発明の譲渡対価が心底不満で訴えるなんてことはなく(そもそも適正な楽かどうか評価するのは難しいし)、それじゃあなんで訴訟になってしまうかといえば、処遇に不満があったとか、人事的に恵まれなかったとか、なんらかのその他の会社に対する不満を解消しようとする場合がほとんどではないかと思う。

となると、職務発明規程をいくら詳細に適正な手続と評価されるように漏れなく作ったとしても、人事政策その他の会社のやりようによっては不満を引き起こして訴訟にされてしまう可能性があるわけで、知財部だけでこのリスクを完全に回避するのは不可能である。なにしろ、後から裁判所が「合理的でなかった」という余地があると明言されているのだからどうしようもない。

とすれば、職務発明規程を作成するときには、その手のリスクを完全に払拭するのはこの規程単独の力ではムリなこと、リスクを出来るだけ低くするためには、人事制度との連携や、風通しの良い会社のカルチャーなど、発明者である従業者が気持ちよく働き続ける仕組みが一番大切であることを特に経営層に理解してもらうことが重要になる。

その上で、安全サイドに立ちたいがために微に入り細に亘った規程にするのではなくて、(確かに適正な手続を踏んだと評価されるためにはそうしたい気持ちになるのは山々なのだが)、最低限押さえておきたい条項を入れ、確実に運用ができる形にしておくのが望ましいと思う。

特許庁のガイドラインをはじめ、いくつか出ている条項集の中には、詳細すぎて特に中小企業では作ったはいいけどとてもルーティン業務として運用できないようなものが散見される。1人の知財担当でも、専任じゃなくて兼任担当者でも回せるくらいの規程が欲しいところ。発明審査委員会で評価して、と言われても、委員会を招集するだけにも事務局作業がいるわけで、その都度柔軟に評価するのは聞こえはいいが回らないことが多い。

誰か、「最低限これだけ入れておけば運用できる職務発明規程例」を作ってくれないだろうか。当社の規定は35条改正前の状態で時が止まっており、そろそろなんとかしないとヤバイと入社してすぐから思っているのだが、なかなか手が回らない。特に実績報償だよね・・・。そんなところにそんなにパフォーマンス割けないんですけど。そんなリソースがあったら発掘に回したいです。

しかし、諸事情により、ここ半年以内には手をつけざるを得ない。諸々の手順も総見直しである。ううむ。

(職務発明)
第35条 使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
《改正》平 16法079
《改正》平 20法016
3 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第34条の2第2項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。
《改正》平 16法079
《改正》平 20法016
4 契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には、対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない。
《全改》平 16法079
5 前項の対価についての定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認められる場合には、第3項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。