知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

知財部員に求めるもの

先日書いた『特許事務所とのつきあい方』のエントリを読まれたアマチュアサイエンティスト(アマサイ)さんが、ご自身のブログでこれをネタにした記事(『それは戦略でも戦術でもない』)を書かれている。それを巡って、Twitter上で話がけっこう盛り上がったのだが、その日は実は私の知らないところで息子2号がインフル発症していたため、その後バタバタしてすっかり時間が経ってしまった。でも、ずっと考えてはいたのだ。

知財部員全員が特許明細書を作成する能力を持っている必要はないが、二桁以上知財部員がいる会社では1人以上はその能力を持った人間がいた方が断然いい。

この結論に異論はない。いないよりいた方がいいに決まっている。しかし、それは必須なんだろうか?明細書を書ける能力を持った知財部員が1人以上必ずいなければ、その会社の知財部門は役割が果たせないのだろうか?

これに関して、@minotsu_tym さんから、

明細書書ける人は必要か。外に出すなら要らない。チェックする人が要ればよい。問題はチェックする能力、明細書の勘どころを知り、足りない部分を補完する能力、中間、審判になったら、情報を整理し、代理人をフォローする能力がある、そんな人が要れば、明細書が書ける人は要らないのかも。

という発言があった。このような能力が知財部員には必須だとして、その能力はどのようにしたら身につくのか。明細書作成能力と裏表の関係ではないのか(ある程度レベルの明細書を書く訓練の中でこれらの能力は身についていくのは確か。が、作成訓練をしなければ身につかないものなのか、他に方法があるのかよくわからない)。

現在の勤務先で、特許実務者5人のうち明細書作成技能者は私1人であり、割合としては5分の1。補完しているところは多々あるとは思うが、さすがに全件の明細書をチェックして全件の中間処理をして代理人の足りないところを補完しているわけではない(200件ベースでそんなことやったら死んでしまいますがな。管理者仕事もあるのに)。

知財部の業務というか役割としては権利化のところがボリュームとしては大きいけれど、もちろんそれに限るものではなく、関西某社のいう戦略立案部分、発明発掘、先行技術調査、パテントクリアランス、侵害紛争発生時の特許技術解析、それをベースにした知財渉外、と主なところだけでもこのくらいの広がりはある。

まず、発明発掘。これには、明細書作成系の能力よりも、技術のバックグラウンドがあり、開発の実情を把握して発明者とのコミュニケーションができるスキルがものをいう。開発者としてのある程度の経験があれば、特許文献をある程度読んでいくことで、先行技術からの差異ポイントが抽出できるようになる。先行技術調査にしても、これらの経験からキーワードを考えて調査をかけるところから始めて、慣れてくれば特許分類を使った調査をしたり、調査結果を読み込んで、掘り出した発明が先行文献に近ければ、さらに深掘りをしてみたり、拡張をしてみたり、ということができる。当社のベテラン2人はこちらのスキルが高く、明細書技能者としての能力を補って余りある。

現在、来期の予算作成時期に入っており、並行して当社の特許出願戦略の立案・承認の真っ最中なのだが、これについて明細書作成能力が裏付けとしているかと言われれば、そこまでは不要だろうと思う。実際私1人で立てているわけではないし、上記のベテラン2人と協働作業で行っている。

但し、このような大きな戦略を立てた後、個々の出願に落としていくところ、例えば、この分野で特許群を形成していこう、となったときに、実際その技術要素関連の発明を発掘して(発掘する前に、戦略立案の段階で発掘が可能な開発状況なのかという検証は別途する必要がある。これは、明細書の作成能力じゃなくて、リエゾンや発掘のスキルによるところが大きい)、その発明の特徴部分を過不足なく権利化し、さらに周りも固めていく、といった出願方針への展開のところになると、明細書作成ができる程度の能力がないと正直辛い。が、これを特許事務所からのインプットで補完できないのか、という話はまた別。

現状、多くの特許事務所からクライアント知財部への納品は、特許の出願明細書そのものであり、これにクレームの概要の一覧や、作成に当たってのコメントなどがついてくる程度ではないかと思う。明細書の作成に入る前には、発明者と知財部員と三者で面談を行い、出願の方針を立て、クレームの方向性、実施例の概要は合意しているはず。この合意内容がきちんと明細書に反映されているかどうかを、出願明細書そのものを読み込んで解釈するだけでなく、その読み方のガイドラインとなる説明書を明細書作成者が作成し、その事務所のパートナークラスにその説明書の内容に沿って明細書ができあがっていることをチェックしてもらったうえで納品してもらうことはできないだろうか。

例えば、

・本件の発明の特徴は、○○という点であると把握しました。
 先行技術は、△△であり、本発明は、この先行技術と××の点で異なります
 (課題の共通性、手段の共通性、差異など)
・この特徴をもっとも広く捉えた場合、構成要素はA,B,C,Dとなります。理由は、〜〜だからです。
 この構成要素でクレーム1は立案しています。
・クレーム1をサポートする実施形態は、第1の実施形態です。構成要素Aは、実施形態中のaに相当します。
・下位クレームとしては、構成要素E〜Jがあり、それぞれ、クレーム2〜7としています。
・実施品に最も近いのは、クレーム6です。
・クレーム1にさらに近い先行技術が発見され、拒絶理由が来た場合、いくつかの限定が考えられますが、最終的な落としどころとなるのは、クレーム5と考えています。
(特許群を構成する1件であれば、他の出願との関係、本分野の他者出願との関係も踏まえて)
・実施形態とクレームのサポートとの関係
・発明の特徴部分でなく、面談時に言及されなかったところで記載した内容について、どのような考え方で書いているのか
・変形例を書いていれば、その意図と効果

イメージとしては、拒絶理由通知が来たときの代理人コメントに近いだろうか。(まあこれも書き手によって書かれていることにかなりのばらつきがあるのだが)要するに、明細書を自分で書くまでのスキルがないチェック者にとって、権利文書としての特許明細書(クレームはもちろん、そのサポート、最終的な権利範囲の落ち着き先の予測)を読み解くのはかなり難しい。実施形態に書かれていることが、技術的に正しいかどうかはもちろん分かるが、自社がこの出願で意図している状態が、この明細書で実現できる可能性がどの程度なのかを測るのは、かなり経験を積まないと難しいようなのだ。実際、過去の出願で、出願時にそこまでチェックを入れていれば、拒絶理由が来た今打つ手ももう少しあったのに、というものが散見される(もちろん、後知恵であることも承知の上だが、それにしても、というケースは多い)。

以前、ある特許事務所で、明細書チェックの負担軽減のために、作成原稿納品の際に再度面談して、作成されている文書のポイントや意図を説明するというやり方を提案されたことがある。種々の事情で実現していないが、そういうやりかたもありかもしれない。書かれたガイドラインがあって、それを補強する説明があって、全件でなくても選択した案件についてそのような対応をしておけば、チェックの精度はかなり上がる。事務所側としても、フィードバックがその場で得られるので、原稿に修正を入れられて意図がわからずに悶々とする、などということも減るだろう。

特許事務所としても、納品先のクライアントが自分と同程度のスキルを持っているという前提で成果物だけを納入するというのではなくて、もう少し説明責任を(零細企業の社長の発明じゃなくて知財部が納品先だったとしても)持ってもらってもよいのではないだろうか、と思ったことだった。もちろん、それなりに報酬には反映させる必要はあるけれども。

長くなったので、パテントクリアランスや侵害紛争発生時の特許技術解析を行うに当たっての知財部員の能力として明細書作成能力が必須かどうかについては、機会を改めたいが、どちらも権利文書としての特許公報の読み時が必要な局面なので、作成能力の裏付けまではなくても、ある程度のチェック能力は必要な気がしている。そしたらそのチェック能力はどうやって身につけるんだ、と上の記事に戻ってしまうのだが。

明細書の作成能力を身につけるのであれば、おそらく自社の出願を依頼している特許事務所に一定期間出向させ、その間自社出願を書かせるのが一番実現可能性が高い。書く能力は書かなければ身につかず、それも相当量の件数をそれなりの期間で(時々書くくらいでは身につかない)行う必要がある。それには社内で明細書を内製して出願しているような会社はともかく、外注全件であれば、特許事務所にいかなければ養うことはできない。

ある程度の規模の知財部であれば、若手の一部を2年くらい出向させるという教育メニューを組んでもいいのかもしれないが、規模が小さければそんな余裕はたいていはない。かといって、それに代替する教育メニューがなんだろうか、といわれてもいまひとつ答えを持っていない。だいたい、2年くらいひたすら書いていればとりあえずかけるようにはなるが、諸々知財業務の裏付けとしてのスキル、という位置づけであれば、中間処理もやり、審判や訴訟もそれなりに経験としてやっておきたいところ。しかし、そこまでの経験をさせようと思うとそれだけで10年単位の経験になってしまい、それはもはや研修メニューではない。

なんだか現状の悩みを含めて書き連ねるだけの記事になってしまった気がするが、知財クラスタの皆様に忌憚ない意見を頂けると幸いです。