知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

品質問題?

弁理士と弁理士試験のブログのドクガクさんが、『明細書の過剰品質についての疑問』という記事を書かれていて、Twitter上で話題になっていた。どうやら、彼の問題意識は、

明細書が高品質かどうかを量るには種々の評価尺度があると思われるのに、顧客から要求されるのは『形式的正確性を備えているか』という客観的に評価しやすい尺度に限られていて、こればかり求められ、事務所側もこれに汲々とするというのは、付加価値の創造にも顧客便益の提供にもなっていないのでは

というところにあったようだ。が、いかんせん、ブログを読んだ限りでは、とてもそうは読めなくて、

(1)高品質な明細書=形式的正確性を備えた明細書である。
(2)形式的正確性=高品質をいかに追求したところで差別化要因にはならず、売上にも貢献しない。
(3)高品質な明細書を追求し続けるのは過剰品質の明細書を生んでいるだけで特許事務所にとっても顧客にとっても益ないものではないか。

と私は読んだ。で、形式的正確性が高品質と仮定してしまう話の持って行き方に問題があるんじゃないの?と書き込んで物議を醸してしまったのだが。

明細書の(品)質とはなにか、というのは語る人によって本当に様々(徒然知財時々日記さんの関連エントリ参照)。それでいて、高品質であるべきだという結論には異論がないという不思議な話である。これは、そもそも『品質』という用語自体が多義的なところにも由来している。では、『品質』とは何か。ネットを検索していて、一番腑に落ちた定義がこれ。「本来備わっている特性がまとまって、要求事項を満たす度合い」これを分解すると、(A)本来備わっている特性、がまとまって、(B)要求事項を、(C)満たす度合い となる。

では、明細書に本来備わっている(べき)特性とは何か。機能ごとに考えてみる。

(1)文書としての機能
・誤字や文法の誤りなどがない
・論理的に整合性があり、読んで理解できる

(2)技術文書(=発明の内容を開示する説明書)としての機能
・当業者が理解できるのに十分な程度に発明の技術内容が記載されている
・出願後の他人の同種発明の権利化を阻止できる程度に構成要素の記載や示唆がある

(3)権利文書(=出願人が求める権利の範囲を確定する文書)としての機能
・権利範囲が明確に記載されている
・権利範囲の裏付けとなる技術事項が十分に記載されている
・権利行使がしやすい態様で権利範囲が記載されている
・権利化が図りやすいように、多面的、多段階の概念が記載され、出願後に発見された先行技術に対して差別化可能な材料が盛り込まれている

特許権は、発明を広く一般に開示して技術の進歩に貢献させることの代償として、その開示の範囲内かつ技術の進歩に貢献している(=従来技術から進歩性を有する)部分において、出願人が求める範囲で、独占権を与えるものである。このため、特許出願明細書の機能としては、上記の(1)と(2)の特性は、出願人が明示で要求事項としていないとしても、当然備えているべきものである。読んで意味が理解できなかったり、技術の開示が不十分な明細書などは特許制度の予定するところではない。

一方、上記(3)については、出願人が何を目的としてその特許出願を行うのかによって満たすべき要求事項が変わってくる。権利行使をそもそも予定していない出願も少なくないので、そのような場合は(3)についての要求事項などまったくなく、審査請求もしないのであれば補正が可能なようにネタを仕込んでおく意味などない。しかし、この出願をしっかり権利として成立させ、他者の模倣をやめさせたいとか、はっきり権利行使が目的であるのなら、多面的で使いやすい権利となるようにすることが要求事項となるだろう。

とはいえ、出願時点では権利行使なんてまったく考えていなかったのに、3年経ったら使えそうな権利になりそうな気がしてきて、審査に入る頃にはどうしてもこの範囲で権利にして欲しいなんて言い出す出願人も珍しくないので、この目的を見極めるのも難しいのだが。出願人と代理人との間で十分コミュニケーションをした上で、ある程度の割り切りが必要であったりする。

先の定義を繰り返すなら、(A)特性についての(B)要求事項を、(C)満たす度合い が品質なのだから、『過剰品質』は要求事項を超えているという状態だろう。顧客の要求事項が、誤字等のない形式的正確性(おそらく(1)の文書としての機能特性だと思うが)にあるのなら、それを過剰に満たすと言うことはほとんどあり得ないのではないか。文書として成立するための特性なので、これが過剰であるというのは考えにくく、補正で救済できる範囲であれば問題ないという姿勢も代理人としては疑問が残るところ。残念ながら、(2)や(3)を考えるのに忙しいのか?、内容の提案は頷けるところがあっても、誤字だらけ、とか、論理にジャンプがあるとかいう明細書におめにかかることも珍しくない。依頼している出願人としては、そういう中身のないところにそれこそ『赤ペン先生』のように修正を入れさせないでくれ!という思いは強い。

問題視すべきは、(1)の機能への品質の度合いいかんではなくて、顧客の要求事項がどこにあるのかの見極めとその要求事項に答えているかのチェックだろう。とはいえ、顧客担当者自身が要求事項を把握していないことも多々あり、それを自覚してもらうべく質問・提案するとかいうことが欠かせなかったりする。そして、おもしろさもそこにあるのでは、と思っている。

あまり結論が出る話にならなかったが、ぼんやりした概念を分解してみたくなったので長文を書いてみた。まだ他にも明細書の品質というか『出来』を左右する要素は色々あるし、言いたいことも色々あるけれど、本日はここまで。