Twitter上で、ダイヤモンドオンラインの『叱ってもへこまないのになぜ辞める?ゆとり社員が厳しい先輩に抱く本当の不満』という記事が話題になっていた。これを読んだフォロワーさんから、質問攻めにするうちの若手2号君を思い出したと言われたので、読むとともにちょっと考えてみた。
記事には、『厳しく叱る』と『やさしく指導』の対立のような書き方がされているけれど、『叱る』の中身が『しっかりしろ』だの『なってない』だの『やる気がないなら辞めろ』では、そりゃ中身がからっぽだろう、と思う。昔は、口答えが許されない雰囲気があり、仕方なく、叱られ続けるのもイヤなので、必死でその中身を叱られた方が考えざるを得なかった、という構図なんだろうな。
こういう叱り方をする人というのは、叱るに限らず、指示を与えるときも、理由を明言せずに、『そういうものだから』とか『それが当然だから』、『つべこべ言わずにやれ』になるのではないか。そりゃ思考停止ですって。
今どきの若い人は、親にも叱られたことがなく、ゆとり教育で『考えてみましょう』で育ったので、叱られ慣れていないというが、中身のない叱られ方には意味がないし、叱るならその理由を示し、考えさせたいなら、記事にもあるように、考えるように誘導するのが効果的なのでは、と思ったりする。
私も子育て真っ最中なわけだが、自分は『黙ってこうしろ』世代で、叱られているときに口答えなんてとんでもなく、大人にやりなさいといわれたことに理由を問おうものなら『やる気がない』とか『生意気だ』とかいわれて育ったので、自分で疑問を持ち、考える習慣が育たず、社会人になってそこから脱するのにひどく苦労した覚えがある。反射的に「そういうもの」と思ってしまいがちで、疑問のないところに解決策は生まれないから、さっぱり進歩しないんだよ。
という苦労をしたので、子どもに対しては、ゆとり教育流?なのかよくわからないが、叱るときには必ず理由をつけるし、指示をするにも理由は当然。疑問をぶつけられて理由を答えずに『つべこべ言わずに』系の返答はしたことがない。なので、息子たちは、いつもなんで?どうして?と聞いてくる癖がついたし、彼らが何か要求をしてくるときには、こちらも理由をきっちりつけることを義務づけるので、その当否はともかく、理由付けをして主張する習慣がある。この流儀で年配者に接すると、かなり反感を買うので、そこはそれ、そういう人もいるということを中学生にはそれなりにそれこそ『説明』して対処法を教えたりしているわけで。
こういう教育をされて育った彼らが会社に入れば、そりゃ確かに叱られて疑問をぶつけるという『想定外の反応』をする社員になるよな〜。難しいのは、理由をつけてもいいし、対処法を教えてもいいんだけど、入社してしばらくはある程度よくわからないままに歯車として動くことを積み重ねてその後数年してから見えてくるものもあるということを、真っ最中の若手に理解させるのは、ほぼ無理だということ。そこはどうしようもないというか。
質問してくれる2号君には、対応はしやすいと思います。答える方の姿勢と思考力が問われるけどね。