知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

審決取消訴訟のあり方には議論があるらしい

ここ2週間の間に現役判事/元判事が講師をされる研修を聞く機会が2回あった。主に特許の審決取消訴訟についてのもので、一方は最近の傾向であり、他方は準備書面に焦点をあてたものだった。

審決取消訴訟は、従来から弁理士が訴訟代理人として手続ができるわけだけれど、年間の事件数は500件弱で、年間の特許出願件数が30万件を超えているわけだから、割合としてはかなり稀少で、審決取消訴訟の代理人になる機会はそうそうあるわけではない。対して、特に査定系であれば審判の機会は多いため、審決取消訴訟も審判と同様に考えてしまいがちなのが弁理士の陥りやすい罠、という趣旨の話がどちらの研修でも語られた。

最も多い進歩性なしとされた拒絶査定に対する不服審判では、審決の論理構造としては、

1.本件発明の認定
2.引用発明(主引例)の認定
3.本件発明と引用発明との対比:一致点と相違点の認定
4.相違点についての容易想到性判断:主引例と副引例または周知技術との組合せの論理付け
5.結論

となる。で、審決取消訴訟は、審判と同様に進歩性があるかどうかを判断するわけではなく、審決の結論に影響を及ぼしうる違法(誤り)があるかどうかが判断される。すなわち、結論を導いた論理のどこかに欠陥があり、その欠陥があるが故に結論の正しさが担保されない、という場合に審決が取り消される。

要するに、進歩性があるかどうかを判断するのは行政庁たる特許庁の仕事で、裁判所はそんなところに関心はない。行政庁が正しい仕事をしているかどうかを見るのが裁判所の仕事、という説明が講師(判事講師ではなくて弁理士講師の方だったが)から説明されたけれど、確かにその通りで。

だから、審決の論理に誤りがあり、結論が変わるかもしれないという場合に審決は取り消されるが、正しい論理で再度審判を行っても結論がやっぱり進歩性なしで拒絶になるかもしれない。その結論に審決取消訴訟は、関知しないということ。

そのあたりは、2003年に発行された「特許審決取消訴訟の実務と法理」の第5章 審決(決定)取消事由(山下和明)に端的に説明されている。

特許審決取消訴訟の実務と法理

特許審決取消訴訟の実務と法理

この本は、発行から既に10年経っており、まだ知財高裁が設立される前であり、特許異議申立が存続していた時代のものであるけれども、類書があまりなく、講師の裁判官が今でも大半が通用すると述べられていた。とはいえ、研修に参加していた弁理士の中で本書を見たことがある方と言われて挙手されていたのはごくわずかだったので、あまり知られていないか、冒頭に述べたとおり、自らの身に降りかかったことがないので読んだことがないという方が大半なのではないかと思われる。

私自身も幸か不幸か審決取消訴訟は経験がないので本書の覚えはなかったが、会社に戻って書棚を検索したらちゃんと購入されていた。ということで、改めて読んでみたところ、確かに非常に分かりやすく書かれていて頭の整理になった。既に絶版になっていて、中古市場でしか買えないみたいだが。

同旨の本では、村林弁護士の「審決取消訴訟の実務と理論」が新しい。中身を詳細に見比べていないので難だけど、どちらも手元に置いておきたい。

審決取消訴訟の実務と理論 -平成24年度版- (現代産業選書―知的財産実務シリーズ)

審決取消訴訟の実務と理論 -平成24年度版- (現代産業選書―知的財産実務シリーズ)

ということで、審決取消訴訟の性質(審理範囲)には十分注意、ということなのだが、一方で、このような性質自体を疑問視する考え方もあるとのことだった。

上記のように、審決の結論に影響する瑕疵があれば審決は取り消されるが、その結論=進歩性があるのかないのかについては関知されない。ということは、審判に戻って論理付けをやり直してもやっぱり進歩性なしという結論が出て、さらにそれについて審決取消訴訟が提起される、というキャッチボールはあり得る。それは避けるべきではないのか、とくに無効の抗弁が許されるようになった現状では、審決取消訴訟においても進歩性についての結論を訴訟において出すべきではないか、という立場である。

これは、一般の行政訴訟では、例えば不許可処分の取り消しを求めるということは、すなわち許可せよという申立であり、訴訟において理由の差し替えも行うことができるので、その一種である審決取消訴訟でも理論的には同様のことが可能である、というところからも来ているらしい。

実務上、そのようになっていないのは、訴訟においては補正が行えないところが大きいのではないかというのが講師の見解だった(実際、補正が大した意味を持たない商標においては、割合自由に理由を構成して訴訟が行われているとのこと)。

確かに、仮に審決取消訴訟で結論まで判断するという形にしようと思えば、何らかの形で補正の機会を出願人に担保する必要がありそうだ。拒絶審決が出てしまった出願について、補正の機会を得るために審決取消訴訟を起こし、審判に戻してもらって拒絶理由を打ってもらう、ということだってあるわけだし。

研修については他にも色々ためになることがあったのだが、とりあえず上記点についてのメモ。