知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

明細書の記載の厚さ

中間処理ばかり集中してやっていると、拒絶理由で引かれた引例がずいぶん遠くて『それはないだろう』と思うことがある。しかし、発明の主旨はひとまず脇に置いて純粋にクレームだけ読むと、要は記載ぶりが上位概念過ぎてそんな引例を引っ張ってきてしまっている状態で、『ま、そりゃそうかも』と思えることも多い。

先日の中国特許に関するエントリでちらっと書いたが、日本のクレームドラフティングは実施例から上位概念化してクレームを作っていくし、バリエーションを広く含めようとすると最上位のクレームなんて発明者視点の特徴からすると『なんじゃこりゃ』になっていることもよくある。(特にソフトウェア・制御関係の機能的クレームの場合)

で、日本の場合『概括過剰』で記載不備にはならないけれど、そのかわりその上位概念でえらい遠い引例を持ってこられて29条2項で拒絶という結果になることが多いわけだ。

もちろん、それを見越して多段にクレームを立てていくわけだけれど、出願の段階では引例が見えていないので、下位クレームだけでは不十分で、明細書の記載から引例と比べた本願の特徴を浮き立たせるような限定を持ってくる必要がある場合も多い。

そうなったときにいかに明細書の記載から限定要素がうまく拾い出せるかというのは、どれだけその明細書の記載が厚いかにかかっている。通り一遍に構成と動作を図面に沿って説明してあるだけだと、その個々の機能部が、個々の処理が、本願発明にとってどのような意味を持つのか、特徴と照らし合わせるとどのような効果があるのかまで射程に入っておらず、うまく使えないことが多い。

で、このような記載の厚さ・薄さというのは、もちろん書き手の技術分野に対する精通の度合いや経験、発明者から提供する資料や情報、さらに発明者への質問と回答の程度に左右されるのだろうが、ある程度書き手の書き方(というのも変だけど、スタイルとも違うような気がする)に依ってしまうようで、同じものを同じように頼んでも、人によってずいぶん厚さの違う仕上がりになる。

で、上記のような中間処理を念頭に置けば、もちろん明細書の記載は厚い方がよいわけで(読むのも書くのも大変ではあるが)、トライアルなどで始めて書いてもらった人から出てきた明細書がほかのものとくらべて妙に薄かったりすると困惑する。そして、色々書かれている記載をチェックして間違いを正すのはそれほど難しいことではないが、書かれていない状態から、あれもこれも足してくれというのはけっこうチェックする側としては難しいし手間もかかる。ひとこと『これでは記載が薄いのでもっと厚くして下さい』で通じれば苦労はないが、それで通じる状況なら初めからそれなりに厚い記載になって出てくるはずで、通じる状態まで持ち込むのが大変なのである。

先日事務所に転職することになった若手君が『僕は明細書を読んだことはもちろんあるんですが書いたことが全くないので未知の領域です』と言っていたが、どのような材料をどのように料理して書くかというのは、材料を提供する側とは異なるスキルが要求されるところで、普段自分で書かない出願人側はそこまでの具体的なノウハウを持っていないことが多い。たまさか持っている人にとっても、自分が書いている気持ちになって(例えば事務所で指導をする立場でも想定して)チェックを入れるのは相当負荷が高い。

ということで、薄い明細書はとりあえず内容が間違っていなければ『薄いなぁ、でもそこまで手がかけられないし』ということで、片目をつぶってスルーされることが多い(そしておそらく次の依頼はその書き手には行かないだろうが)。その結果、案の定中間処理で苦労することになるのだ(そして同じ書き手から『拒絶理由を解消するだけの補正案が見つけられませんでした』などと言われると怒髪天だったりする・・・)。