知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

FRAND条件下のロイヤリティ算定方法

アップル対サムスンの知財高裁大合議判決は、あちこちで取り上げられているが、当方の関心は、実際にどうやってロイヤリティを算定するのか、というところに集中しているので、その部分だけ覚えのために書き付けておく。

金額算定の構成要素は、(1)算定基礎となる金額(対象製品の販売価格全体なのか一部なのか)と、(2)ロイヤリティ料率(上限はあるのか、他の必須特許との関係をどう見るのか)である。

算定基礎となる金額

特許権者としては、常に被疑製品の全体価格を基準にしたい。米国では、Entire Market Rule(EMR)などというものがあって、これを肯定する歴史がある(が、ここのところ結構揺らいでいる、とも聞いている)。

ちなみに、米国でのPAE訴訟Innovatioケース(こちらの記事を参照)では、必須特許のロイヤリティが争われ、ほぼMicrosoft v. Motorolaの方式(こちらも、あちこちで記事になっている。最近パテントでも詳細な説明記事が掲載されている)が踏襲されているが、さらに、EMRを廃して、“smallest salable patent-practicing unit”(最小販売可能ユニット)を算定基礎として採用している。ここでの被疑製品は無線LANルータで、特許自体もアンテナ等の部品を構成要素にしているが、802.11規格の全特徴は無線チップの中に実装されていると認定されて、算定基礎は無線チップになった。当然ながら、チップの価格は数ドルで、ルータの価格は数十ドルという開きがあるので、金額は大きく変わっている。

このように、算定基礎を被疑製品全体ではなくて発明の特徴部分を実施している部品にしてしまう、というやり方の他、被疑製品における特許の寄与度を評価して、それを製品の販売価格に乗じる、という方法が考えられる。

本件においては、Appleが、「発明が寄与する最小単位であるベースバンドチップの価格を基準にして実施料を算定するべき」「仮に、本件各製品の販売価格を基準とする場合でも、寄与度を乗じた額を基準とするべき」と主張しており、裁判所は後者の主張を容れて、寄与度を評価して算定している。実際の寄与の割合の数字は公開されていないので不明だが、その評価の際には、被疑製品の持つ種々の機能等が考慮されている。

ロイヤリティ料率

必須特許のロイヤリティ料率を決定するに際しては、必須特許が膨大な数に上ることから、その累積ロイヤリティ料率に上限があるのかどうかが議論されてきた。この点については、米国でのMicrosoft v. Motorolaケースにおいても、本件においても、標準規格の目的に照らして合理的水準に留められるべきという判断がなされている。

本件判決では、ETSIのIPRポリシーの目的(「規格の準備及び採用、摘要への投資が、規格又は技術仕様についての必須IPRを使用できない結果無駄になる可能性があるというリスクを軽減する」)から「このようなポリシーの元でなされたFRAND宣言は、ライセンス料の合計額を合理的な範囲内に留めることをもFRAND条件の一内容として含んでいると理解され、FRAND条件によるライセンス料相当額を定めるに当たっても、かかる制限は必然的に生じる」とされた。

具体的な上限としては、本件では両当事者が争っていないし、この分野の他の特許権者間でも広く認められている証拠が提出されているため、5%という数字が採用されているが、これは分野によっても異なるだろうし、特にパテントプールが広い範囲をカバーしていない分野については、妥当な数字の根拠となる証拠を提出するのが難しいかもしれない。実際、上記のInnovatioケースでは、具体的に累積ロイヤリティ料率の上限値を決めるというアプローチは採っていない。標準規格に占める当該特許の寄与度を考えればそれで足りる、という。

そして、累積ロイヤリティ料率の上限でCAPをはめつつ、他の必須特許との関係を考える必要がある。本判決によれば、UTMS規格で必須宣言された特許は1889ファミリーとされつつ、真に必須な特許は529ファミリーだとするレポートが証拠として採用され、この529という数字を基礎として、個数割りで料率を算定している。

この背景には、必須宣言が水増しされているという実情があり、それが広く認められているという事情がある。実際、標準規格には必ず実装しなくてはならないmandatoryの規定と、optionalな規定の両方が含まれており、どちらについての特許でも必須宣言の対象にはなるので、必須宣言されているからと行って被疑製品に必ずしも使われているわけではなかったりする。必須特許の数が多いと規格準拠であるといった瞬間に侵害といわれる可能性が高くなるが、実際にロイヤリティの計算上は、必須特許の数が多い方が(個数割りの場合には)安くなるというのはなんとも言えない感じが(被疑侵害者側に立つと)ある。

金額の算出

ということで、本判決では、以下の式で金額が算定された。

被疑製品の販売価格×本件特許の貢献部分の割合×累積ロイヤリティ上限5%÷必須特許数(529)

詳細な数字は伏せられているけれども、合計のロイヤリティ金額は1千万円弱となっており、正直な感想としては「安いなぁ」というところだった。まあ特許は1件で、それこそ529分の1なので仕方がないのかもしれないが、これだと標準規格の必須特許を目指して大量に特許を出願登録してもあまり見合わないんじゃ、と思ったりもしたのだった。