知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

補正の遡及効と分割の適法性

今日は地元の弁護士・弁理士でやっている特許法の研究会があった。本日のお題は、分割出願と補正違反との関係(子の分割出願の補正違反(新規事項追加)が、孫以降の分割出願に与える影響)。

分割を累々していく場合、とりあえず孫出願まで書くと、ごく普通にまずは出願日が親出願まで遡及する。
 (1)親出願から子出願を適法に分割:子出願の出願日=親出願の出願日
 (2)子出願から孫出願を適法に分割:孫出願の出願日=子出願の出願日=親出願の出願日
※全部親出願から分割すればややこしくないのに、なんでそうしないの?という質問が弁護士さんからあった。分割可能期間=補正可能期間なので、親出願の手続の進行具合によっては時期的制限にひっかかるためです。念のため。

次に、子出願を補正したとする。分割を重ねる、ということは、大抵他社をひっかけようとしていて、回避して逃げようとする被疑侵害者をさらに権利範囲に嵌めるために補正をかけるわけだ。
(3)子出願を補正
(4)子出願の特許査定

ここで、侵害訴訟を、親、子、孫など一連でかけたとする。当然、被告側は無効審判をかけてくる。そして、子出願の無効審判が、無効理由として新規事項追加(17条の2第3項違反:特許法123条1項1号)でかけられ、それが成功して無効審決が下された。特許権者としては、この権利範囲については諦め、他の特許で戦うことにして、無効はそのまま確定させたとする。
(5)子出願の無効審判←無効理由:補正要件違反(新規事項追加)で無効確定

と、話はここで終わらなくて、孫出願に以下のように影響してしまう。
(6)子出願の出願日は親出願の出願日に遡及しない:分割出願の現実の出願日
 ⇒孫出願の出願日=子出願の出願日までしか遡及しない

子出願の新規事項追加補正は、審査段階では看過されて特許が成立している。無効審判により、特許権ははじめからなかったものとみなされる(125条)が、出願自体がなかったものとなるわけではない。そして、当該補正は、補正が実際になされた日付がいつであるにせよ、補正の遡及効により、子出願の出願日になされたものとなっている。

ここで改めて子出願の分割の適法性を見てみると、補正後の子出願が新規事項追加ということは、親出願の当初明細書等に記載された発明でないということになる。これは、分割の要件を満たさない。
(注)分割の実体的要件は以下の2つとされている(44条1項から導かれる)
 a)もとの出願の明細書等に2以上の発明が包含されていたこと
 b)新たな出願にかかる発明はもとの出願の明細書等に記載された発明の一部であること
ここでは、要件b)を満たしていないということ。

もともと孫出願は、子出願の出願日に遡及しており、子出願が親出願に遡及しているからさらに親出願の出願日に遡及できるに過ぎない。親子間の出願日遡及が切れてしまえば、当然孫出願の出願日は子出願の出願日=子出願の分割の日となる。

ところで、たいていの場合、子出願の分割は、
(0)親出願の公開
の後になされている。ということは、
(6)孫出願は、親出願の公開公報により拒絶または無効

というのが、現在の特許庁のプラクティスらしい。いったん適法だと認められた分割が、その後の補正の動向如何によって、不適法になるというのはどうにもすっきりしない。補正に遡及効を認めており、分割にも遡及効を認めているのだからそれは甘受すべきだという理屈らしいのだが。ということが判示されている裁判例が以下。同じ原被告間の侵害訴訟と無効審判の審決取消訴訟であり、対象特許は補正要件が新規事項ではなくて要旨変更だった時代のものだが、結果は同じである。

(a)侵害訴訟
・大阪地裁 平成13年(ワ)第831号及び第6097号 (原審)
・大阪高裁 平成14年(ネ)第2776号 (控訴審)
(b)審決取消訴訟
・平成15年行(ケ)第65号、第66号

大阪高裁の判決文から、関係する部分を以下引用する。

親出願,子出願及び孫出願はそれぞれ別個の出願手続であり特許要件の具備の有無は別個独立に審査されるものであるとはいえ,孫出願の出願日の遡及の利益の享受は,あくまで子出願の出願日の利益の享受であって,子出願が分割要件を満たして分割が適法に行われることを前提とするものであり,孫出願の出願日が子出願と無関係に本来の分割可能な時期から離れて無限定に親出願のときまで遡及するものではない。そして,特許法は,特許の出願などの特許に関する手続をした者がその補正をすることを原則として許容し,かつ,補正がその手続の初めに遡って効力を有することを認めており,特許に関する手続はこのような補正の遡及効を前提に運用されている。現に分割出願においても,出願の分割時には原出願に係る発明と分割出願に係る発明が同一であったが,その後に原出願の明細書又は図面が補正され両者の発明が同一でなくなった場合は,分割出願は適法なものとされ,他方,出願の分割時には原出願に係る発明と分割出願に係る発明が同一ではなかったが,その後に原出願の明細書又は図面が補正され両者の発明が同一となった場合は,分割出願は適法でないものとされており,しかも,このような補正の遡及効により分割不適法の事態などが生じる場合でも,補正を行った者はさらにこれを修正する補正を行うことにより不適法理由の解消を行うことなどが可能である。これらの点を考慮すると,親出願,子出願,孫出願と順次分割がされた場合において,子出願から孫出願への分割が分割要件に欠けるところがなかったとしても,子出願についての補正の有無,内容いかんにより,子出願の親出願からの分割がその要件を具備するか否かの帰趨が変動し,そのために,子出願の出願日が変動し,さらに孫出願の出願日が変動するような事態が生じることもやむを得ない

補正が遡及するんだから、分割の適法性もそれに連動してもしょうがない、ということらしい。しかし、実務をする側としては、分割時に適法だったらその後の手続が原出願の手続の影響を受けるというのはどうにもやりにくいし感覚として受け入れがたいところ。だって別個の出願手続じゃないの?という感じである。

この手の裁判例はほかに見当たらないみたいですが、どなたか争ってみませんか??

せめて分割の審査基準に明記してくださいな>特許庁殿