知財渉外にて

2008年3月~2014年9月までの間、知財渉外ネタを中心に書いてきました。

人生で一番寒かったのは?

閑話休題。

ここ数日ずいぶん冷え込んでいる。暖冬が続いていたのでことのほか堪えるようだ。Twitter上で、

いままでの人生で一番寒い思いをしたのはどんなとき?

という話題が一時盛り上がっていた。

夫の転勤で、6年ほどモントリオールで暮らしたため、寒さの基準が彼の地になっている。どんなものかと言えば、最も寒い時期は氷点下20度前後になり、最高気温でも-10度を超えない日が続く。マイナスの温度も一桁になる日が来ると、

ああ、暖かくなった。春が近づいた。

と思うのだ。もちろん、こんな時期は、玄関前の道路にゴミ出しに行くにもコートを着て帽子をかぶって手袋をして、とちゃんと重装備をしないと危険である。赤ん坊の頃からスキーウェアのような格好をさせて外出していたなぁ、と思い出す。冬の外出は出かけるまでにとても時間がかかる。子どもは体温がすぐ奪われるので、コートだけという訳にはいかなくて、必ずどの子も上下のスノーウェアを来ていた。もちろん防水なので、まったくこちらのスキーウェアと変わらない。これでスキーもしていたし。ちなみに中にはごく普通の普段着を着ていて、スキーのようにインナーとタイツというわけではない。

そんな私の最も寒かった体験といえば、冬にダウンタウンの大学まで列車やバスで通っていた頃、とてつもなく寒い日に睫毛が凍ってしまい、一度目をつぶると目が開けられなかった日があった。さすがにただ道を歩いているだけでそういう目に遭う日はそうそうはなかったのだけれど。とはいえ、帽子とマフラーというかネックウォーマーは当たり前で、それもできるだけ顔のほとんどが覆われるように、帽子は耳まで、ネックウォーマーは鼻まで、表に出ているのは目だけだった。室内外の出入りですぐに眼鏡が曇るので、通学時は眼鏡を外して通っていた(裸眼だとほとんど見えないんだが)。

夫にも、人生で一番寒かったときを聞いてみたら、

空港の駐車場で車が見つからなくて寒い(もちろん雪の屋根なしの)中、うろうろしたとき。

とか、

会社から夜遅くに帰ろうとしたら車が雪で埋まっていて、スコップで掘り出して古毛布をタイヤの下に敷いてなんとか動き出すまでにものすごく時間がかかったとき。

そして、

Ice Storm。これは気温的にじゃなくて心理的に寒かった。

1998年にモントリオール近辺をおそったIce Stormは、雪じゃなくて氷雨が長時間に亘って降ったため、あちこちが凍り付いて固まってしまい、樹木や送電線に大きな被害を出した。長期にわたって停電し、オール電化住宅がほとんどの地域のため、人々の生活にも、また、経済活動にも大打撃を与えた。自家発電を持っているホテルは満員で、暖炉に薪を燃やして暖を取り、明かりはろうそく、シャワーはなし、という生活をしばらく強いられた人が多かった。

私はちょうど1歳を過ぎた息子を連れて一時帰国しており、一足先に戻った夫に

しばらく戻ってこない方がいい。

と言われて数週間延期したので停電が続いた時期は幸い経験していないが、夫はもろに被害にあって一人きりだしけっこう堪えたようだ。そのせいなのかどうなのか、この期間に彼はきっぱり禁煙していた。それまで何回もトライして挫折していたんだが(苦笑)。

こんなひどいことは再発しなかったけれど、停電はわりと普通に頻繁にあって、そのときの用心に大きなろうそくを常備していた。暖炉が飾りじゃなくてちゃんと暖房として機能しているのも驚きだった。本当に厳寒期は電熱線の暖房だけでは寒くて暖炉に火が欲しくなるのだ。

そんな経験をしてきたので、外気の寒さはほとんど平気。しかし、家の中の寒さは殊の外堪える。なんで部屋を出ると寒いんだよ〜。セントラルヒーティングではなくて、各所に暖房設備があったけど、暖房のない場所なんてなくて、ガレージにもトイレにも廊下にも完備されていたんだよね、カナダの家は。さすがにガレージに常時暖房入れたりはしなかったけど、他のところは冬中ON。あまり冷えると水道管が凍ってしまうので暖房は切らないようにと言われていた。

と、ここのところの寒さで昔話を思い出したので書いてみた。あれからずいぶんたってしまったけれど。